突き刺すような冷気

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突き刺すような冷気

 突き刺すような冷気は頬の前を通り、また世界のどこかへ飛んでいった。  コールドプレイの「Vira Le vira」は僕へ必死に伝えた。『お前は何やってるんだ?ここで 何しているんだ?』小刻みに響くバイオリンは僕の脳を無理矢理叩きおこし、『歩け』 と僕に言っている。他の内容はどうでもよかった。ルイ十六世が世界を治めていようが、ギロチンで晒し首にされようが、僕には関係の無い話だった。  僕は今布団の上に寝っころがっていること、柑のジーンズを着て、灰色のフードをかぶっていること、目の前に二つのビール缶があること、二枚ある一枚の窓が割れていること。状況を五秒ほどかけてゆっくりと理解し、スマホから流れるこのエネルギッシュなビートを停止させた。  洗面所に行って蛇口をひねったが、当然のように水は出ない。  しかたなく寝室にそう言えるかどうかは相当怪しいのだが)へ戻り、任家を奪われた猫の ようにボロボロのリュックをかついで、僕は外へ出た。 「さようなら」 それは別れの言葉だった。それは自分の声だった。それは誰に聞かれることもなく、空気へとけていった。  よく考えてみれば変な話だ。ここには誰もいないじゃないか、この家も、所詮は僕にとって一夜を過ごすテントにすぎないのだ。
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