裏メンの女

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     4  ふた月後に、『スパイク』は店をたたんだ。  SNSを使って営業したり、メンバーを募集したりしたが、効果はなかった。  テナントの募集を出すと、すぐに申し込みがあった。いまは内装を改め、こぢんまりとしたバーが入っている。席数は少ないが、隠れ家的な雰囲気で、居心地がいい。  ユキは仕事を終えるとコートを羽織り、バー『フォー・ウインズ』へむかった。麻雀好きのマスターが、東南西北(とんなんしゃーぺー)の風牌から名付けたという。  まだ時間が早く、ほかに客はいない。ユキはジン・トニックを頼んだ。使うジンは、定番のゴードンだ。  ひとりでグラスを傾けていると、店のドアが開いた。  金髪ショートの女。黒崎アンナだ。 「よっ。すっかり様変わりしちまったな。だけど、いい雰囲気のバーだな。名前もいい」  口元に笑みを浮かべながら、アンナはユキの隣のスツールに腰かけた。 「あれから、少しは頑張ったんだけどね」 「仕方ないさ。それより、結婚したんだな」  アンナが、ユキの左手の薬指を見て言った。 「ええ。先週、籍を入れたばかりなの。式とかは、無理だけど」 「へえ。そりゃめでたいや。新婚のお祝い、しないとな」 「わたし、お酒は強いわよ」 「アタシは、酒も強い」  アンナが頼んだのは、ソルティ・ドッグだった。 「ふうん。かっこいいの頼むのね」 「人生の塩辛さは、飲み干しちまわないとな」 「ふふっ。言うことも違うわね。さすが、岡部ユウイチが認めるだけのことはあるわ」 「なんだ、知ってたのか」 「タカヒロ――旦那、元競技プロなの。岡部ユウイチと同期だったって」 「ハハッ。世間は狭えな」  アンナの前に、グラスが置かれた。スノースタイルの塩が、間接照明の光を受けて、きれいだった。  乾杯しようしたところで、ドアが開いた。タカヒロだ。配送の仕事が終わったようだ。  少し戸惑った表情で、タカヒロがユキとアンナの顔を交互に見た。 「ああ……あれからちょっと、気になってな」  少し照れくさそうに、アンナが言った。 「ねえ。アンナちゃんが、結婚のお祝いしてくれるって」 「ほんとに? 嬉しいな。あ、とりあえず生で」  笑いながら、タカヒロもスツールに座った。  タカヒロのビールが出され、三人で乾杯した。 「武蔵小山って、いい街だよなあ。また、ちょいちょい来るよ」  ソルティ・ドッグを飲み干して、アンナが言った。 「アンナちゃん、ありがとうね」  ユキが言うと、アンナは笑顔で頷いた。  ジン・トニックのグラスが空になった。ユキは、ソルティ・ドッグを頼んだ。  人生の塩辛さ。  飲み干して、次へ進もう。
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