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ふた月後に、『スパイク』は店をたたんだ。
SNSを使って営業したり、メンバーを募集したりしたが、効果はなかった。
テナントの募集を出すと、すぐに申し込みがあった。いまは内装を改め、こぢんまりとしたバーが入っている。席数は少ないが、隠れ家的な雰囲気で、居心地がいい。
ユキは仕事を終えるとコートを羽織り、バー『フォー・ウインズ』へむかった。麻雀好きのマスターが、東南西北の風牌から名付けたという。
まだ時間が早く、ほかに客はいない。ユキはジン・トニックを頼んだ。使うジンは、定番のゴードンだ。
ひとりでグラスを傾けていると、店のドアが開いた。
金髪ショートの女。黒崎アンナだ。
「よっ。すっかり様変わりしちまったな。だけど、いい雰囲気のバーだな。名前もいい」
口元に笑みを浮かべながら、アンナはユキの隣のスツールに腰かけた。
「あれから、少しは頑張ったんだけどね」
「仕方ないさ。それより、結婚したんだな」
アンナが、ユキの左手の薬指を見て言った。
「ええ。先週、籍を入れたばかりなの。式とかは、無理だけど」
「へえ。そりゃめでたいや。新婚のお祝い、しないとな」
「わたし、お酒は強いわよ」
「アタシは、酒も強い」
アンナが頼んだのは、ソルティ・ドッグだった。
「ふうん。かっこいいの頼むのね」
「人生の塩辛さは、飲み干しちまわないとな」
「ふふっ。言うことも違うわね。さすが、岡部ユウイチが認めるだけのことはあるわ」
「なんだ、知ってたのか」
「タカヒロ――旦那、元競技プロなの。岡部ユウイチと同期だったって」
「ハハッ。世間は狭えな」
アンナの前に、グラスが置かれた。スノースタイルの塩が、間接照明の光を受けて、きれいだった。
乾杯しようしたところで、ドアが開いた。タカヒロだ。配送の仕事が終わったようだ。
少し戸惑った表情で、タカヒロがユキとアンナの顔を交互に見た。
「ああ……あれからちょっと、気になってな」
少し照れくさそうに、アンナが言った。
「ねえ。アンナちゃんが、結婚のお祝いしてくれるって」
「ほんとに? 嬉しいな。あ、とりあえず生で」
笑いながら、タカヒロもスツールに座った。
タカヒロのビールが出され、三人で乾杯した。
「武蔵小山って、いい街だよなあ。また、ちょいちょい来るよ」
ソルティ・ドッグを飲み干して、アンナが言った。
「アンナちゃん、ありがとうね」
ユキが言うと、アンナは笑顔で頷いた。
ジン・トニックのグラスが空になった。ユキは、ソルティ・ドッグを頼んだ。
人生の塩辛さ。
飲み干して、次へ進もう。
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