9人が本棚に入れています
本棚に追加
二人の時を告げる鐘
1
中野コウジは、コーヒーカップを手に取った。
コーヒーは、すっかり冷めている。わずかに残るコーヒーを飲み干し、コウジはおかわりを頼んだ。
「すいません、ホットブラックください」
「俺も頼むよ。アリアリで」
コウジに続いて、下家の豊田が言った。
「はいよ」
店長が答え、コーヒーを淹れ始めた。アリアリは、砂糖とミルクの両方を入れることを指す。両方抜きならば、ナシナシ。これらは雀荘用語だが、ブラックで通じるものを、わざわざ言い換える必要はない。なし、という言葉も好きではなかった。
オーラス、ドラは三萬。南家でトップ目のコウジは、8巡目でテンパイした。
打牌候補は六筒か五索。コウジは五索を切った。六筒単騎だが、これは仮テンだ。くっつきによる手変わりが何通りもあるが、六筒を残しておけば五筒を引いた時に三面張になる。
次巡、親の井上がリーチをしてきた。宣言牌の五筒をチーして、現物の六索のスジである九索切り。これで一四筒の待ちになった。すぐに下家の豊田が、親の現物である一筒を切ってきた。
「ロン。2000点」
「かぁ~、今日も中野さんは強ぇなあ」
これで3連勝となったコウジは、次のゲームに入る前に、コーヒーをひと口飲んだ。
いまではそれなりに勝てるようになったが、若い頃は、負けてばかりだった。20代の一時期、コウジはここ川越でメンバーをしていた。『ともえ』という雀荘だが、いまはもうない。当時は負けてアウトしてばかりで、あまり給料を残せなかった。
同僚だった、松本アヤは強かった。いつも給料以上に勝ち、負けて金のないコウジに食事を奢ってくれたことも何回かある。
コウジはもうひと口、コーヒーを飲んだ。ひと口目よりも、苦味が強いように感じた。
コウジが川越に引っ越してきてから、半年が経つ。ここ『エクシード』がホームのような存在で、気がむけば大宮や都内に足をのばしている。『エクシード』はいたって普通のピン雀荘だが、アットホームで居心地のいい店だ。
次のゲームも、コウジがトップだった。ラス半をかけていた堀田が立ちあがる。
「お待たせしました。アンナさん、どうぞ」
金髪ショートの女の子が、対面に座った。黒崎アンナ。何度か見かけたことはあるが、同卓するのは初めてだ。
「よろしくっす」
「よろしく」
答えたコウジとアンナの目が合った。力強い瞳だ。セーターを着た胸は、大きく盛りあがっている。下家の豊田は、露骨にアンナの胸を見て鼻の下をのばしていた。
「こりゃ、強い人が入ってきたなあ」
上家の井上が言った。確かに、アンナの背筋はまっすぐのびていて姿勢がいい。いかにも打てそうな印象ではある。
コウジはコーヒーカップを手に取り、冷めたコーヒーをゆっくりと飲んだ。
最初のコメントを投稿しよう!