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それから彼女は、ぐるぐるとティーカップの中身をかき混ぜた。熱いローズティーが作る水流を面白がっているようにも見える。
イリヤはその仕草に、焦りのような感情を覚えた。
ガーネットは普段、こんな少女ではない。少し気弱なところもあるけれど優しくて、凛としている。一言で表すと、カラフルな子なのだ。こんなにも透明で、雨の中でも傘と髪の色でしか見分けがつかないというのはあり得ない。
「姉さんが、生きていればね」
ふいに彼女が呟いて、イリヤは顔を上げた。自分はどうも、長いこと思案に耽っていたようだ。ガーネットは、もう飲めるようになったらしいローズティーをすすっている。
「そうだね」
彼女の一言には、イリヤの立場としてはそう答えるしかない。
「そうだ」
ガーネットが突然、思い付いたように手を叩いた。
「姉さんのお墓参りに行かない、イリヤ?」
「あ、いいね!」
イリヤにもそれは妙案のように思えた。
ガーネットはずっと、姉に頼ってきた。困ったら姉のところへ行き、慰めてもらっていた。
今こそまさに、あの姉の力が必要であるとイリヤは思う。ガーネットの気が滅入り、どうしていいかわからなくなっている時、いつも助けていたのは姉だった。
「うん、じゃあ決まりね。出掛けましょう」
「わかった。私、食器洗ってくるね」
「ああ、頼むわ」
イリヤが急いで自分のホットチョコレートを喉に流し込みながら言うと、ガーネットは自分が今しがたまで飲んでいたローズティーのカップを差し出す。中身はきれいに飲み干されており、どうやら食欲はありそうだとイリヤは安心しながら台所へ向かった。
二人分のティーセットを簡単に洗い上げたイリヤがガーネットのもとへ戻ると、彼女は既にコートを羽織り、外出できる格好になっていた。
扉を開き、傘を広げる。
ガーネットの髪の赤と、彼女の傘の紅色、そして、イリヤの青い傘と、深緑の髪色。
すべてが透明な背景とうまく調和し、たぶん今の自分達を後ろから見たとしたら、美しいコントラストが出来上がっているのではないだろうか、などとイリヤは思いながら歩き始めた。
ありあわせではあるけれど花を持ち、教会の墓地を訪れた。等間隔で並んだ石碑があり、その端の方に、ひとつだけ位置がずらされた石碑がある。
その石碑には、ただ一文字、リーゼントと刻まれている。
イリヤとガーネットはその墓の前にしゃがみこんで、花を取り替えた。前に差してあった花もまだ新しいので、ガーネットは頻繁に訪れているのだろう。
花を供えると、二人で静かに祈った。隣のガーネットがどういう気持ちで祈っているか、イリヤにはわからない。しかしイリヤは、ここに墓参りに来る度、同じことを願っている。
祈りが済むと、ガーネットは独りごちるように呟いた。
「ねえ……今、どこにいるの?」
リーゼント。
一年前、ふいに行方不明になった、ガーネットの姉の名前。
イリヤはその日の夜、島の高台を訪れていた。ガーネットも帰り、島中の人々が寝静まった後のことだ。
教会のさらに上には、森のような場所が存在している。ほとんど入る人はなく、せいぜい薪のために少し木を頂戴しに行く程度のそこに、イリヤは足を踏み入れる。そして、彼女が見たのは。
大きな月が煌々と光る雨の夜、舞を舞う少女の姿だった。
その瞳は閉じているに、彼女は舞を続ける。その体を休めることもなく、おそらくは永遠に。けれどその舞は美しかった。手、足の描く一つ一つの弧が洗練されている。
そしてその口からは時々、呟きのような言葉が発せられていた。
「雨よ降れ」
彼女の髪は、深緑。それが雨を吸い、ぺたりと腰まで落ちている。
そんな彼女の背中に、イリヤはそっと手を置いた。だんだんその手に力を込め、体重をかけていく。それでもなお、彼女は舞い続ける。
イリヤは彼女に、懇願するように言った。昼間に、墓地で祈ったときと同じ言葉を。
「ねえ、お願い、もうやめて」
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