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Ⅰ
ガーネットは窓辺に腕を預け、組み合わせた手の上に顎を置いてため息を吐いた。
外では、雨が地面を濡らしている。
それが窓に当たって急に激しさを失い、筋となってやるせなくガラスを伝ってくのを眺めながら、ガーネットは再び口から重い吐息を漏らす。
「どうすればいいのかな……」
ガーネットにとっては、完璧な誤算なのだった。
今まで幼馴染みとして接してきたルーベンスが、婚約者になった途端こんなにも距離を置くようになったことが、その最たるものだ。付け加えるのなら、彼の家の使用人たちも、全員がガーネットによそよそしく振る舞う。
わかるのだ。自分が除け者にされていると。この家の人たちにとっても、ガーネットがまさか一人息子の婚約者としてやってこようとは思ってもみないことだったろう。対応に困っているのだ、と、空気でわかる。
だから今、彼女は柄にもなく部屋にとじこもって窓の外を眺めるだけの不毛な時間を過ごしていた。
ふとガーネットは、今同じように空を見上げているかもしれない少女のことを思い出した。そして、
「会いに行きたいな」
自分以外に誰もいない部屋に、ぽつりと声が落ちた。
よい扱いを受けていないとはいえ、ルーベンスの家の者たちも悪人ではない。外出さえ制限されるようなことはないのだ。
そう思うと、既に手はコートを掴んでいた。もうそろそろ春だが、一日中雨が降っていればどうしたって気温は下がるし、気候的にもまだ少々の肌寒さは拭えない。
そっと息を殺すようにして部屋の扉を開け、なるべく音を立てないように、一歩一歩に神経を使いながら階段を下っていく。まるで犯罪者のようだ、と思うと、口元に自嘲するような笑みが浮かんだ。
数日前にこの家に西の部屋を与えられ、そこから録に外へ出てはいないが、ルーベンスの部屋だけはなんとか覚えている。家の中心部にある大階段を上りきった、この家の高台とも呼べる場所だ。
焦げたように所々が黒い木の扉の前に立ち、ガーネットは腹に力を入れる。こんなところで怯えていたら、この先は一歩も動けないだろう。そもそも、立場が変わったとはいえ、相手はルーベンスだ。幼少時代から側に在り続けた、勝手知っ足る存在であるはずだ。
意を決してノックした直後、ああ音が小さいな、と後悔した。これでは届かないかもしれない。やはり彼の部屋を訪ねたことが間違いだったのでは、と猛烈な気まずさに駆られた数秒後、「誰だ?」と聞く声が中から聞こえてきた。
「ガーネットです。お忙しいところ失礼します。イリヤのもとへ出掛けて参ります」
随分他人行儀だこと。自分に対し、口の中でだけ毒づいた。
どちらもなにも言わない時間が現れた。言うべきことは言ったのだから、と自分を納得させ、その沈黙にじっと耐える。
やや間を置いてから、ようやく返答があった。
「……そうか。それは行ってくればいいと思う。外へ出る気になったのはーーうん、とてもいいことだろうから。話はそれだけか?」
「はい。それだけです。ありがとうございます。行って参ります」
「ああ、気を付けて」
その声を聞くと、ガーネットはすぐさま踵を返して玄関を目指し歩き始めた。階段を一段ずつ下る毎に、速度が上がる。
一度外へ出たかった。この家の調和を自分が掻き乱しているという自覚が、確かにある。痛いほどの静けさが、胸を抉る。
理解しているつもりだ。ルーベンスの気持ちも、おそらくこちらと同じだろう。いきなり婚約者を持たされて戸惑っている。先程聞いた彼の声も、決して怒っているわけではなかった。ただ、どうすれば良いのかわからない故に堅くなったという印象を受ける。
玄関で傘を広げ、誰に見張られているわけでもないのに、ベルが鳴らないよう細心の注意を払いながら扉を開いた。
外は、雨。
一年前から降り出した、止まるところを知らない雨、雨、雨。
全く、なにがどうなっているのだろう。やまない雨が降りだして、突然婚約させられて。私に、なにを要求しているというのか。
ガーネットは、紅色の傘をくるくると回した。まあいいや、と思う。
まずは、あの子に会いに行こう。
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