大阪の土中より中継でーす

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大阪の土中より中継でーす

 大変でござる!大変でござるー!拙者、大坂の山に生き埋めにされてござるー!む、無念……。かくなる上は、か、かくなる上は……。  ……。  ……。  ……。  なーーーんちゃってーーー!私、そんな喋り方したことないもんねー!だいたい武家の生まれでもないし。まあ武士のふりして生活していた頃もあったけれども、上司と話すとき以外でそんな話し方してる人なんて見たことなかったよ?…………いや、いたな。かかっちゃってるというか、入り込んじゃってるというか、我こそ武士、みたいな人。で、これは良くないことだから今となっては本当に反省してんだけれども、みんなよくその人の真似してたよ。そうでござるよねー。拙者もそう思うでござるよーなんつって。だめだよね。そういう人たちってね、純なの、もう真面目で一生懸命なのよ。だめよ?そういう人を馬鹿にするような真似しちゃ。大体私なんて平安時代の生まれなもんだから、もっと全然違ったからね、日本語。現代の人間が聞いたら外国語に聞こえるんじゃない?まあ千年もたってるから、すっかり忘れてまるっきり喋れないけど。喋れへんのかぁーい!……どう?この突っ込み。こう見えて私、関西育ちだからね。今はしがない探偵業だけれど、次はお笑い芸人を目指してみようかなあ。  私さ、さっきも言ったけど平安時代に生まれたの。私が生まれた「安倍家」別名「土御門家」は大なり小なり陰陽師に関わってきた家系でね、とうとう安倍晴明っていう大天才が生まれたもんだから長男なのに私、分家に養子に出されちゃったの。かと思ったらその家も賊に襲われてさ、一人生き残った私は山を彷徨ったあげく、おおごろ様というわけの分からない、あ、いや、失言、大変立派な熊のような神様に食べられたっつーか、取り憑かれたっつーか、一体化したっつーか、とにかくそのせいで不老不死になって、千年後の今に至るの。そりゃあね、二度や三度の転職じゃききませんよ。農家、ぼてふり、大工、火消し、油売り、武士、目明かし、教師、漫画家のアシスタント、クラブのボーイ、他にも思い出しきれないくら色々やったよ。でもどうせ死ねないならさ、もっと色々やってみたいじゃない。特に表舞台の仕事ってしたことないからさ、芸人とか歌手とかやってみたいわけ。まぁやらないだろうけど。いや、やらへんのんかあーい!やらへんのん、んんかぁーーい!!  あーあ。そんなことより苦しいな。私、ほんの一月ほど前にも海に沈められたとこだからね。今まで何度も殺されてきたけど窒息系二連チャンだよ!まあ秋も深まって冬が目の前のこの時季、冷たい海の中に沈められるよりかはよっぽどマシかもしれないけど。死にもしないくせに熱いだの冷たいだの痛いだのは、一丁前に感じるからね。風邪も引くし。  そもそも何で生き埋めなんてされたんだっけ?  えー、私が大阪に来たのは年に一度の行事のため。おおごろ様と出会った、おのごろ山という山に都市開発など人間の手で荒らされないよう、また山火事など起こらないよう結界を張り、それを維持するため年に一度は現地に行って祭事を行う。これね、おおごろ様が私の中に入ってきたとき、はっきりと言われたわけじゃないんだけど、なんとなーく感じたの。だからこれだけは千年以上、毎年続けてる。もちろん私が今埋められてる山は別の山よ?  で、どうなったんだっけ?祭事は日の出の時間に終わらせちゃったから昼間観光して、夕方なんかおいしいもんでも食べたいよね、なんつって連れの人たちと繁華街歩いてたんだ。あ、そう、思い出した。そしたらそこでこんなことがあったの。  ………………  ………………  ………………  あ、そういうシステムないのね。自動的に回想に入るシステム。  えー、まず連れの人っていうのはね、一人は松下幸太郎くん。東京を中心にホテル、ショッピングモール、ゼネコンなど松下グループだけで一つの街ができてしまうくらい大きな財閥の、現社長の息子。大昔ね、私の占いがきっかけで大きく発展したものだから一族で私に恩義を感じて何かと世話を焼いてくれるの。今でもたまに事務所とか店舗の風水見たりちょっとしたアドバイスくらいはするからコンサルタント的な名目で会社に籍を置いてくれてね、私はその好意に甘えてお金の心配もなく好き勝手やらせてもらってるの。 「先生、自分が適当ないい店探してきましょうか?」  ってその幸太郎くんが言ったわけ。  私も明け方から行動してさ、散々歩いて観光もしたから疲れててお願いしたの。幸太郎くんは身長も一九〇近く、横幅もあって、柔道でオリンピック好捕にもなったことのある体力お化けみたいな人。一方私は千歳を越えるおじいちゃん。実際はさ、不老不死の開始が一八か九ぐらいでそこから年齢による筋力の衰えとか脳の衰えはないようなんだけどさ、だからといって千年分の筋力や体力が付くわけでもないわけさ。だから遠慮なく幸太郎くんに任せて私は石造りのプランターに腰を下ろしたの。  で、もう一人のお連れさんよ。もう一人っつーか一匹っつーか。  彼の名前は天正法位伝長光、通称タマちゃん。猫又です。代々おおごろ様に仕えているらしく私が知る限り彼が三代目。寿命は三百年から五百年ってとこだね。真っ白な体とふさふさの長くて太い尻尾を持っていて、この尾を二つに分ければ私以外の人間とも話そうと思えば話せるし、多少の神通力も使えるらしい。早い話、妖怪だよね。あ、いや、良い意味でよ?良い意味でね。 で、その長光殿がこのとき何してたかっていうと私から少し離れたところでギャルたちに囲まれて頭からお腹から撫でられまくってんの。彼、女性大好きだから。もうまるっきり猫の鳴き声出して、まぁ一応猫なんだけれどもニャーニャー言っちゃって。  何してんだかなー、なんて思いながら視線を外すと、建物の死角になったちょっと人目に付きにくいところにね、数人の人影が見えたの。それがどうも様子がおかしい。で、よーく見ると、ほら、私すっかり現代の人間になったとはいえやっぱり電気のない暗闇での生活の方が圧倒的に長いからさ、今でも結構夜目が利くのよ。そしたらやっぱ揉めてんの。スーツ着て眼鏡掛けたいかにも気の弱そうな男の人が、髭生やしたり夜サングラス掛けたりしてるガラの悪そうな若者三人に囲まれて。どう見ても絡まれている様子。こうなると私の正義感がムラムラしてきちゃうよね。 「ちょっと、君たち、何やってんの?」  言ってやりましたよ、びっしぃー、とね。 「あぁぁーん!?」  ってくるよね。髭の夜サンが眉をハの字に曲げて、すんごい顔寄せてくんの。なんなのもう、分かったよ!怖いよ!私もさ、長く生きてるから今まで色んな人たちに絡まれてきたし、危険な目にも遭ってきた。実際何度も殺されてるしね。戦にも参加してるし、実際の危険度で言えばかぶき者や愚連隊の方がよっぽど危ない連中だった。でもやっぱり怖いものは怖いよぉー。 「し、しげちゃん」  髭夜サンが仲間に呼ばれて振り返る。私もつられてそちらに視線をやると、絡まれていたサラリーマンの姿がなかった。  もう!?早くない!?私まだ「ここはいいから逃げなさい」とも言ってないよ?それが言いたかったのに! 「お前がいらんとこでしゃしゃり出でくるから逃げられてもたやんけ!」  そう言って髭夜サンは私に向き直り、両手をポケットに突っ込んで両足を大きくがに股に開き、体全体をがっくんがっくん縦に揺らしながら私を威嚇した。 「いやいや、これは私が悪いんじゃないよ!?君の仲間がちゃんとあの人を見張らないからいけないんじゃない。ちょっと君たち、何やってんの!?」  めったにない、せっかくの名台詞チャンスを。私が後方の仲間二人に注意すると、その二人も体をがっくんがっくん揺らしながら私を威嚇した。 「もうええ、もうええ。こうなったらお前に責任取ってもらわな」 「え?責任って……」  髭夜サンはそれには答えず私の首に腕を回し、ヘッドロックのような形で表通りへと歩いて行く。私も一七〇センチあるので平安生まれの人間としてはかなり大きい方だが現代人には適わない。なんとか幸太郎くんに助けを求めようと声を出そうとするが顔を圧迫されているので大きな声が出ない。長光殿に気付いてもらおうと必死で念を送るが気付いた様子はない。あっという間に真っ黒なワゴン車に乗せられて手足をガムテープで縛られ、車は出発した。 「なんやこいつ、携帯も財布も何も持ってへんやん」  そりゃそうだ。平安生まれの私にとって普通の電話さえいまいち慣れていないのに、スマートフォーンなんてもの扱えるはずがない。お金だって幸太郎くんと行動するときは彼に任せっきりだし免許証もない。  そうこうしているうちに車は峠道を走り、やがて舗装もされていないような側道に入って止まった。ここまで来ると何をされるのかは大体想像が付く。足の拘束だけ解かれ、山の中を歩かされる。 「ねえ、まさかたったあれだけのことで私を殺すつもりかい?」 「当たり前やんけ!ホンマええ格好して邪魔しくさりよって。思い知らせたらあ。泣いて土下座しても許さへんぞ」  これは泣いて土下座すれば許さないでもない、というフリだろうか。よく分からない。 やがて立ち止まり、仲間の二人がスコップで穴を掘り始めた。何故スコップが積んであったかというと、いつ喧嘩が始まってもいいように武器としていつも積んでいるのだそうだ。これなら警察に見つかっても何とでも言えるからと。なんだそれ。 「けどしげちゃん、ホンマにやんの?」 「なんやお前ら、ビビってんのけ?」  髭夜サンは息を荒くして答える。  何故「人を殺せること」が「ビビってない」ことになるのか理解しがたいが、どうやら彼も「かかっている」状態だと言える。彼の中で躊躇なく人を殺せることは「ビビっていない」格好いい行動で、特に仲間二人にはそういう人間だと思われたいので引くに引けず、狂気の人間になりきっている。後先のことなど関係なく、彼にとって一番大事なことは「今」恥をかかないこと、それだけなのだ。こうなるともう何を言っても無駄で、高校教師の経験を生かして下手に諭すようなことを言ったとしても逆上するばかりだろう。 「ねえ。じゃあさ、せめて殺し方変えない?」 「はあ?」  窒息系は嫌だ。 「刃物持ってないの?刃物で心臓をグサリ、とかさ。あ、高いところから突き落とすとかでもいいよ?」 「なんや、今さら。ビビってんのけ?」  だから何でそうなるんだよ!ビビってるビビってるって。ビビり教の信者かよ。って何だそれ!  改めて足首にテープが巻かれ、掘った穴に寝かされる。虫も汚れるのも平気なんだけどやっぱり気持ちのいいもんではないな、と思う。そして土が掛けられ、今に至る。あー、そうでした。そういう経緯なんでした。  あー。思い出したらまた苦しくなってきた。ほんとに殺してから埋めてくれればいいのに。ビビってんのかよ。あー、意識が薄れてきた。うん。今度こそ死ぬね。うん。不老不死はもうおしまい。良かった。やっとで死……、ね…………。
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