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生還
「いでぇーーーー!!!!」
右腕に激痛を感じて孔明は飛び起きた。
飛び起きた?
半身を起こした状態で顔を横に振ると、髪、耳、眉、顔中あらゆるところから土の粒が飛び散った。目に土が入らないようさらに念入りに顔を振ってからそろりそろり目を開けると、スコップを持った大男、そして同じくスコップを持った高校生の少女、それから白い猫が孔明を囲んでいた。
「ちょっと幸太郎くん、助けてくれるのは有り難いけど乱暴すぎない!?」
「あ、それあたし」
少女が照れくさそうに手を上げた。
「なんでさつきちゃんがここにいるの?君、お父さんに会いに行くんじゃなかったの?」
「行ったよ。最初から今日合流する予定だったじゃん。明日の朝東京に帰るから」
「……そうだっけ?」
孔明はふてくされた顔で幸太郎にテープを解いてもらい、体に付いた土を手で払った。
少女の名はいつきさつき。どちらも名前のような名字のような変わった名であるが本名である。小柄でショートカットの高校三年生で、どこにでもいる普通の女の子に見えるが、孔明が掛けた陰陽の術を増幅させる不思議な力を持っている。元は単なる依頼人であったが今は助手気取りでしょっちゅう孔明の探偵事務所に出入りし、事件の流れから孔明の不老不死を知ることになった数少ない人間の一人である。
「しかし今回は知らない土地なのに見つけるの早かったね。長光殿の能力も上がってきたんじゃない?」
孔明は念入りに土を払いながら白猫に視線をやった。
「いや、今回俺はほとんど何もしてないぞ?」
「え?」
元々おおごろ様に仕えていた天正法位伝の一族。今はすっかりその気配を潜めているとはいえ孔明とおおごろ様が一体化している以上嫌々ながらも孔明と行動を共にしなければならず、孔明の心の声は聞こうと思えば聞けるし、大体の場所は気配で知ることもできる。が。
「どうせお前、俺の悪口言ってるか、くだらない実況中継みたいなこと言ってるだけだろう。だから今回、この山に着くまではさつきに任せてみた」
孔明と長光の視線が自分に向くと、さつきはスコップを地面に突き立て、ぐっと胸を張って見せた。長光の尾は今二つに分かれている。尾が一本の状態で長光の言葉を聞き取れるのはおおごろ様と一心同体の孔明と、不思議な力を持つさつきだけ。今は幸太郎にも聞こえた方が何かと都合が良いので尾を分けているのだろう。
「先生がいなくなったことにはすぐに気付いたんです。で、周りの人に聞いたら黒いワゴン車に乗せられたって言うから探すのにレンタカーを借りたんです。タマさんがどうせまたトラブルに巻き込まれて拉致られでもしたんだろうって言うので」
ふん、と長光が鼻を鳴らす。
「その後さつきさんと合流したんですが、すごいんですよ、さつきさん!さつきさんの勘だけを頼りにナビゲートしてもらったんですがほとんどストレートにこの山まで来ましたからね!」
今度はさつきがふん、と鼻を鳴らして、パーカーのポケットに片手をぐいと突っ込んだ。パーカーにジーンズ、或いはジャージ。知り合って一ヶ月になるがこのパターン以外の私服を孔明は見たことがない。
「ま、まあ勘なんてものは誰にでもあるもんだからね、うん。まぁたいしたもんなんじゃないの?うん」
「あれー、孔明ちゃん、ちょっとビビってんじゃないの?あたしのこの秘めた力に」
「そんなことないよ!大体私は今、探偵であって占い師でも陰陽師でも何でもないんだから。ってかビビってるってのやめなさいよ。君もビビり教の信者?あー、痛い。そんなことより右腕が痛くってしょうがないよ」
「大して土がかかってなかったんだよ。あたしが一回軽く刺しただけで腕に当たったもん。本当に殺すつもりはなかったんじゃないの?かかってた土も軟らかかったよ?スコップもここに置きっぱなしだったしさ」
「そうなの?だとしたら土の重量と私の非力を舐めすぎだよ。ちっとも動かなかったもの」
幸太郎に腕を引っ張ってもらいながら孔明は立ち上がる。立ち上がったところでもう一度土を払い、一行は歩き出した。
少し歩くと木々の間から車のライトがこぼれ見えた。意外と側道から近いところに埋められていたようだ。
側道に出ると同時に峠道の方からもう一台、車のライトが近づいてきた。黒いワゴンだ。例の三人組が勢いよく降りてきた。
「あいつら?」
さつきが声を潜めて孔明に尋ねる。孔明は黙って頷いた。
「ほら、やっぱほんとに殺すつもりなんてなかったんだよ。ビビって戻ってきたじゃん」
孔明は苦笑いを返す。
「ツレがおったんかい。ようここが分かったな。お前ら全員、覚悟して貰うで?」
三人はずかずかと孔明たちに近づいてくる。そのうち腰巾着の一人が歩を進めてさつきに近づいた。どうせなら三人の中で一番弱そうな人間を相手したかったのだろう。
「バカ。不用意に近づきすぎだ」
長光がそう呟いた瞬間、銃で撃たれたような衝撃が腰巾着を襲った。少し身長の低いさつきの、下から突き上げるような掌底が真っ直ぐ伸び、腰巾着の顎を打ったのだ。
腰巾着はホラー映画のように目玉をぐりん!と回転させ、白目を剥いてその場に倒れた。後はお決まりのパターンである。
何事か喚きながらさつきに近づこうとする髭夜サンの襟を幸太郎が掴み、そのまま豪快な一本背負い。もう一人の腰巾着のみぞおちにさつきの中段蹴りが炸裂。二メートルほど吹き飛び、その場にうずくまった。
「相変わらずすごいね、君たちは」
柔道でオリンピック候補になったこともある幸太郎は当然のこととして、さつきも少林寺拳法で国体に出る実力者。幼い頃からあらゆる格闘技を習い、愛読書は「刃牙」シリーズ、好きな俳優はブルース・リーと千葉真一。常に実戦をイメージしながら修練に励む格闘技マニアである。
「どうします?警察呼びますか?」
「いやー、呼んでも被害者ってゆー被害者もいないからね。逆にこっちが捕まっちゃいそう。放っておいたら?まぁ凍えるのも可哀想だしさ、幸太郎くん、彼らの車の中に放り込んでエンジンだけ掛けといてあげなよ」
「分かりました」
幸太郎が一連の作業をしている間に孔明とさつきと長光はレンタカーに乗り込んだ。
「あ、そうだ、孔明ちゃん、はいこれ」
後部座席にあったビニール袋をさつきは孔明に手渡した。
「たこ焼き。孔明ちゃんは晩ご飯食べてないでしょ?ちょっと冷めてると思うけど」
「あら、気が利くね。有り難いよ。……ん?……孔明ちゃんは?……。君たちまさか私を探す道すがら食事を済ませてきたんじゃないだろうね?」
さつきは笑顔のまま固まり、その両頬には口を滑らせた、と書いてあるかのようだった。
「ちょ、ちょっとー。ほんとに!?信じられないよ君たち。人が殺されてるときにさ。人間の所業じゃないよ!鬼だよ、鬼!…………いやん、でもこれ、めっちゃうまいやん」
「何その変な関西弁。気持ち悪いよ」
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