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龍神
早朝、わたくしは風呂敷に弁当を包み、家を出る。
みんな、寝ているからシーンとしている。
「お父様、お元気で」
わたくしは家の前でお辞儀をすると歩き出した。
相変わらず、雨が降っている。
わたくしが生贄となれば雨は止むのだろうけど
村のために犠牲になるなんて
たまったもんじゃないわ。
二十分くらい歩いたところで
「あれ?」と後ろで声が聞こえた。
「アンタは水沢様のところのお嬢様じゃないか?
こんな早くからどこへ行くんだい?」
おばあちゃんの声だ。
バレてしまっては仕方ない。
わたくしは頭からかけていたストールを上げて
ニッコリ笑って振り返る。
「早川さん、おはようございます。
朝の散歩をしているところなんですよ。」
「こんなに早くからかい?」
早川さんの目が鋭くなる。
監視されているみたいで嫌気が差した。
「わたくし、今日でこの現世とお別れでしょう?
一分一秒でも長くこの景色を胸に留めておきたくて」
わたくしは瞳を潤ませあたりを見回した。
もちろん演技である。
「そうかい」
早川さんは憂いを帯びた声になった。
「こんなに小さいのにかわいそうにね」
早川さんがシワシワの手でわたくしの手を包み込む。
「ふふふ、わたくしもう十六歳ですよ?
もう大人と同じです。
村のためなら喜んで死にますわ」
「アンタは本当に良い子だね……」
早川さんが涙ぐむ。
早くしないとお父様や村民がわたくしがいないことに気づいてしまう。
「では、また儀式で」
ペコリとお辞儀をする。
「待ちな」
「え?」
振り向こうとすると頭に鈍痛が走った。
「う……」
あまりの痛みに立っていられず
座り込む。
意識が朦朧としてきた。
「やっぱり、ばあちゃんの言った通りだったな」
力が抜けて倒れ込む。
「な……にを」
ぼやけた視界に映ったのは、
少年がバットを持っている姿。
「口ではああは言ったものの、
逃げ出す生贄もいるからね。」
早川さんは微笑んだ。
「巫様、村のために生贄になってください」
「……このっ」
声が出ない。
その記憶を最後にわたくしの意識は幕を下ろした。
◯◯◯
目覚めるとわたくしは絶壁の前にある椅子に座らせられていた。
厳かな音楽が流れている。
「!?」
「これより、生贄の儀を始めます」
誰かが厳かに言う。
お父様ではないようだ。
「ちょっと待って! お父様は!」
立ちあがろうとすると頭がズキンとした。
「ご安心を、しずく様。村長はご自宅にいます。
心が落ち着くよう薬を飲ませ、寝かせています」
早川っ!!
まさか、お父様に睡眠薬を!?
「お父様に何をしたのっ!!」
わたしは早川さん、いや早川を睨みつける。
「あら、とうとう本性を現しましたね。いつまで猫をかぶっているのかと思っていましたよ」
早川はふふふと笑う。
「あなたが生贄になれば、
村長の身の安全は保証します」
耳元で早川が囁いた。
っ……!!
コイツ……!
でも、お父様が無事でいられるのなら……。
「……わかったわ。生贄になります。だからお父様を解放しなさい」
わたくしは早川を睨みつけ、低い声で言う。
「それでいいのですよ。あなたが生贄となれば
村は救われる。安心してください。」
早川がわたくしの手に触れる。
「触らないで!」
わたくしは早川の手を振り払う。
「ふふっ威勢の良いこと。儀式を再開しなさい」
音楽がまた流れ始めた。
「この巫を龍神様に捧げる代わりに、
怒りをお収めください」
男が言うと
わたくしは誰かに勢いよく突き落とされた。
「きゃっ」
落ちている最中、ほくそ笑む早川の顔が見えた。
◯◯◯
「目覚めたか」
目を開けると腰まで伸ばした
水色の髪を左でゆるく結い、綺麗な青い瞳の美少年がわたくしを見ていた。
そして、驚くべきは
「ツノが生えてるっ!!」
彼には鹿のようなツノが生えていた。
ん?
伝説には龍神様はツノが生えていると載っていた。
「まさか、あなたは龍神様?」
「あぁ。俺は龍神、ウスイだ」
龍神様は無表情で答えた。
そして、これからわたくしたちの物語が幕を開ける。
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