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中国からのお客様
そして現在九月になり、僕たち三人は羽咋駅で峰光のお客さんを待っていた。約束の時間に改札の前に現れたのは、ゴリラっぽい顔でガッチリした肉体、短髪の若い人だった。肌寒いのにティーシャツだけで、絵には知らないアニメのイラストがでかでかと描かれている。
「はじめまして張です。若いホストさんたちですね」
笑顔はすごく人なつっこくて、優しそうなので安心する。
「私がホストの峰光で、彼女がレイちゃんで、彼が良太君です」
峰光は物怖じすることなく、僕たちを紹介した。
(すげえ)
「君たちは友達なの」
僕たちは自転車を手で押しながら峰光の民泊の家に張さんを案内する。
「そうです。ミッちゃんを手伝ってるんです」とツルベイ。
「そうかあ、友情にあついんだね」
僕たちは十分かけて峰光の民泊の家に案内した。それはすっごい年期のはいった木造の一軒家だった。土間から天井、梁まで全て煤けた真っ黒い木で出来ている。部屋は七つくらいあって、一番広い広間にはなんと囲炉裏もある。
「すごい、座敷童が出そうな家だなあ」
「何なんですか? そのザシキワラシって」
峰光が彼に素直に聞いた。
「日本の古い家に住みつく子供の姿をした精霊だよ」
「張さん、すごい日本の細かいこと知っとるなあ」
外見と違って意外な博学に皆感心させられる。
「ほんと、日本語うますぎるわ。中国から能登半島にスパイしにきたんやろ」
ツルベイはニコニコしながらいつものひどいボケを炸裂させた。
「君、初対面の人になかなか勇気あるねえ」
「この子、ダラな冗談に命かけとるだけやから」
僕は慌ててフォローする。
「ダラ? 何それ」と張さん。
「ダラは、能登弁で馬鹿って意味やから」
僕は彼に言った。
「君たち良かったら、一緒にお茶飲んでかない。お土産の東京バナナも食べよう」
「いいんですか。じゃあ、私お茶入れます」
峰光は台所にいって
ヤカンでお湯を沸かして、お茶の準備をする。
残りの三人は囲炉裏の回りに座布団を置いて、くつろぐ。
「いやあ、エアービーエヌビーの掲載通りだな。落ち着きあるいい家だ」
エアービーエヌビーは民泊で世界最大のサイトだ。ゲストと峰光のような家を貸すホストを結びつけている。
「一ヶ月も泊まるんすよね。暇じゃないですか、こんな田舎で」
「ネットがあれば仕事は出来るよ」
「仕事ってなにやるがん」
ツルベイが興味津々で質問する。
「色々やってる。トレーディングとか旅行記事書いたり。あと脚本も書いてる」
「すごいわあ。脚本やて」
「どんな内容の脚本ですか」
「三国志の劉備が未来に転生して、AIで仕事を無くした人たちの為に反乱軍を指揮する話を書いている」
峰光がお盆に緑茶を入れたコップを四つのせて戻って来た。
「ええと、劉備って劉備玄徳ですよね」
僕は東京バナナの箱を上機嫌で開ける張さんに質問した。
「そうだよ」
「AIで仕事奪われるなんて、暗い話やわ」
「だろ。でも実際これからそうなるからね」
彼は平気で中学生に不吉な未来を予言する。
「それって中国の映画のために書いてるんですか」
峰光が話に参加する。
「まあ、採用してくれるなら、映画でもアニメでもアフリカでもメキシコでも何でもいいけどね」
「へええええ」
張さんの言うことは普通の大人とはちょっと違ってる。
「明日、日曜だけど君たち暇かい」
僕たちはお互いの顔を見合わせる。
「中学生が民泊のホストやってるなんて面白いから記事にしたいんだ。あと一緒に奥能登観光しない? 」
「記事って中国の雑誌でですか」
峰光は驚くほど、積極的だった。
「雑誌じゃないけど、結構有名な旅行関連のサイトに記事書いてるんだ」
「じゃあ、その記事見てうちの部屋に興味持ってくれる人もいますかね」
「まあ、そうだよ。部屋の写真も掲載してあげるよ」
「中国人のゲスト大歓迎です。中国語ができるから」
「マレーシアで生まれ育ったんだろ。メールで言ってたよね」
「あ、興奮して、教えたの忘れてました」
恥ずかしそうに峰光は声を落とす。
「とにかく良い記事書いてあげるよ。この家すっごい気に入ってるから」
(家より峰光、本人を気に入ってたりして)
僕は不安な気持ちを抱きながら、峰光の子供みたいにはしゃぐ姿に見とれていた。結局話の流れで三人で翌日、張さんの借りるレンタカーで奥能登観光することになった。
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