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時国家
「こんな家、民泊に使えたら最高やがいね」
ツルベイが、時忠の子孫である上時國家の前で関係者聞いたら不快に思われそうな言葉を平気でいい放つ。
それは藁葺き屋根に、どっしりと檜かなにかの太い柱が目立つ古風な建物だった。時代劇で庄屋の家として出てきそう。
「確かにエアビーエヌビーにのせたらレビューすごそう」
レビューとはホストの部屋の閲覧数のことだ。
峰光は、季節外れの眩しい太陽の光に目を細める。
(峰光、また商売のこと考えてる?)
「都から追放されても、こんな立派な家に住めたんやから、優秀な一族なんやね」
「ツルベイだって、どこでも商売出来るやろう。虫みたいな太い神経やし」
僕が思わずからかうと
「商売なめたら、だめやよ。人との繋がりがなくて、知らん土地でそう簡単に成功しんげんから」
「何マジになっとるがん、ダラ」
「良太君、玲ちゃんの言う通りだって。やっぱり生まれ育ったところでビジネスやる方が有利だよ」
「みっちゃん、苦労しとるからよう分かっとる。いつか、うちのお父さんの会社に来て欲しいわ」
「ほおい。民泊続けてもいいなら」
「当たり前やがいね。みっちゃんのライフワークやめさせんわいね」
僕はバカバカしくなって、ナニワ商人的女子中学生二人を置いて展示資料を独り見て回った。屋敷にはその地方を牛耳った平家の末裔の財力がうかがい知れる、見事な調度品、装飾品、工芸品等が展示されていた。
(時忠は義経に娘を嫁がせてまでして、都に残ろうとした男だ。能登半島での日々はどうだったんだろう)
一度権力の輪の中心にいて、日本を動かす快楽を味わった者には、さぞかし能登の生活は味気ないものだったろう。
展示品を一通り見て、みんなのところに戻ると、ツルベイが本を読んでいて、残りの二人が熱心に語りあっている。
「峰光さんが運営している部屋は月何日くらい稼働しているの」
張さんは空いたベンチで峰光にインタビューを始めていたのだ。
「あの家は母の祖父母が大事に使っていた築80年の古民家なので、外国人のレビューがすっごい多いんです。おかげで毎月半分くらい埋まってます」
「こんなに若いホストでビックリするでしょう、お客さん」
「私はママの手伝いってことになってますけど。ええ、驚かれますよ」
峰光はとても堂々と答えている。
「収容人数は六人だっけ」
「そうです。でも大体四人か三人のお客さんが多いです」
「仕事は楽しいですか」
「民泊で色んな人と友達になれて楽しいです。英語も中国語もここでは話す相手がいないから」
「経営を成功させるために、心がけてることってあるかい」
「えええっと」
さすがに、答えが思い付かないみたいで、いつもの無防備な表情になる。
「なければいいからね」
張さんが大人の気使いを見せた。
「最初は安い価格でも、宿泊してもらって、レビューを集めました」
「レビューがないと良い価格では泊まってもらえないんだ」
「そうです。ちゃんとした料金で泊まるお客さんはレビューで誉められてる部屋しか選びません」
「そうか、レビューが、たまるまで低価格で、その後で単価をあげたんだね」
「はい。皆さん、結構良いレビューをくれたので、価格を徐々にあげても、部屋の稼働が下がりませんでした」
「良く考えてるね、他に頑張ったことはあるかい」
「あと写真はプロに頼みました。部屋の案内、ハウスマニュアルは日本語、英語、中国語で作成して、色んな国の人が使えるようにしています」
「張さん、そろそろ峰光にも見学させてよ」
僕は張さんのインタビューを思わず妨害する。なんだか峰光が大人っぽすぎて、手の届かないとこに行ってしまいそうな気がしたから。
「最期の質問だけど、稼いだ、お金はどうしてるの」
「今はリフォームにかけたお金の返済に使ってます」
「それは大変だ」
「予定ではもっとお客さんが入って、その儲けで修学旅行代も出そうと思ってたんだけど、甘かったです」
「え、じゃあ峰光、修学旅行どうするがん」
僕は思いきって二人の会話に割り込む。
「うん、諦めるつもり。お母さんも派遣社員で大変だしね」
峰光は寂しそうに微笑んだ。僕はその迷子の子供みたいな顔を見て胸が熱くなるのを感じた。
「お年玉貸すがいね」
そう叫ぶ僕に
「あたしも」といつのまにかそばにきてツルベイも言った。
「有り難う。すっごく嬉しいよ。でも気持ちだけもらっておく」
峰光はまるで三歳も五歳も年上のお姉さんみたいに優しく諭すように僕らに言った。
「そんな、考えやめんちまん(やめてよ)」
ツルベイと僕は悲痛な声で叫んでいた。
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