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第9話 強い信念
仕事でお家を出たら、お母さんから電話がかかってきた。
「手術をしに行っているんだ…。だったら、お母さんは死んでやる」
そう何回も言ってた。
耐え兼ねたお兄ちゃんが、お母さんに
「そんな事言ったら、こいつの人生は親の言いなりの人生になっちゃうよ。そんなの、こいつをペットだって言ってるのと同じことだよ」
って言ってくれた。
僕は、お兄ちゃんのその言葉がとても嬉しかった。
お兄ちゃんは普通に酷いやつだけど、家族のことを大切に一番に考えてくれるから、僕はそんなお兄ちゃんが大好きだった。
たとえ、ウザくても嫌いにはなれなかった。
お兄ちゃんの言葉を聞いて、お母さんは
「そうよ」
「千冬の人生はペットと同じなんだっ!」
なんて言われて、僕は悲しかった。
何故だか分からないけど、笑いも込み上げてきた。
(あぁ、僕ペットだったんだ…w)
呆れるしかないお母さんのその言葉……。
地味に心に刺さる。
自分の部屋に帰る僕に、お兄ちゃんとお父さんが
「ちょっと待って欲しい」
「家族なんだったら、待って欲しい」
なんて言うから、僕はお母さんと2人で話をした。
「僕は生まれてきて後悔している。でも、どうせ生まれてきたんだったら、胸を張って生きていきたい。そんな中、自分の体を見るだけで、死にたくなるんだ。舞台に立っても、周りからの視線が怖かった。やっとやりたい事ができたのに、そんな状況でこれからも生きていくなんて、耐えられない」
って言ったんだ。
「後悔のない人生を行きたいんだ」
心のままに自分の気持ちをお母さんに告げた。
「だから、ごめんなさい。娘でいられなくてごめんなさい」
何度も何度もお母さんに頭を下げて泣きながら謝った。
親は子を選ぶことは出来ない。
一方で子も親を自由に選ぶことは出来ない。
ダメな親だった場合、子供がすることはたった1つ。
親から逃げることだけ。
僕の家庭環境は、他の子と比べると、ヤバい所かもしれない。
でも、何事もちゃんと向き合わない限り、なにも解決しない。
だから、僕はお母さんと真正面から向き合っている。
「ごめん」
僕が震える手を握りながら謝ったら、お母さんはその手を握って、泣きながら許してくれた。
「これ以上、体はいじらないで欲しい」
そう僕に願って、胸の摘出手術だけを許してくれた。
まぁ、別に胸を切ったところで、女が男になるとかはないし、そもそもやった所でDNA自身が変わる訳でもない。
僕が女として生まれてきたことは、一生変わることはない。
一生死ぬまで、死んでも変わらなくて、それだけで
「お前は女なんだ」
って、後ろ指を刺してくる人なんているし、理解し合えない人間だって世の中にはたくさんいる。
「性同一性障害なんて関係ない」
「お前は最初に女として生まれてきたんだから」
「お前は女なんだから」
って言ってくる人は今でもたくさんいる。
「女だ、女だ、気持ち悪い」
「近寄らないで」
そんな事を言われる毎日……。
それでも、僕はどうにか自分に納得をつけて、自分が少しでも胸を張って、生きていける毎日を過ごしたいから、どうしても1歩を進みたくて、その胸の手術が自分への延命治療だ。
今となっては、家庭環境も良くなって、お母さんは男物の服を買ってくれている。
だから、
「確かにあの日僕が1歩踏み出せたことは間違いじゃなかったんだ」
って胸を張って言える。
きっと、理解されないだろうけど、僕は男になりたい訳じゃなくて、僕は最初から男だったんだ。
何を言ってもわかってくれない人もたくさんいて、暴言を吐いてくる人もいた。
だからこそ、僕は自分の信念は、どう生きていくかは、自分で決めるべきなんだってやっと分かった。
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