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序
その指だからこそ許した特別を。
「東明さん、これ頼むね」
「はい」
紙を差し出した一回り以上年上の男の右手の側面は、黒鉛で真っ黒になっている。受け取った手書きの原稿用紙は全部で七枚。
これをタイプライターで打ち込んで清書するのが、タイピストである東明満穂の仕事だ。
元はれっきとした由緒正しい華族令嬢。女学校の高等教育を卒業した才媛でもある彼女は、しかし現在は職業婦人である。
タイピストは専門職で高い教養が求められるので、給金もずば抜けて良い。
だから満穂は実家が没落してしまってから、最初は女給としてカフェーで働き出したのだけど、その客の中の一人、記者だという若い男に女学校出身で元華族令嬢だからこその知識と教養を見込まれて、彼の投資を受けてタイピストになる為の専門学校に通わせてもらった。
そうして無事に試験を通過し資格を得てからは、パトロンになってくれた彼の働く出版社にタイピストとして雇用されている。
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