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 タイピストはただ記事になる前の手書きの草案をタイプライターで打てば良いというだけではなく、その文書に書かれている歴史的な事象に不備があれば訂正出来るだけの知力や教養深さ――要は校正、校閲作業も暗に求められる。新聞なら尚更情報は正しくなければ購読者からの信用が落ちる。だからタイピストは総じて高給取りではあるものの、満穂の給金の半分以上は家計の為に使われている。  実家が没落するまでは腰まで伸びていた髪をサッパリと短く切り揃え、チラリと覗く耳朶には色硝子のイヤリング。すっかり軽くなった頭には作業の邪魔にならないようカチューシャを付けて前髪を上げ、晩夏らしくまだ蒸す日が続く中にも、時折涼風が掠める秋口に相応しい梔子色のワンピースには白いレースの付け襟を縫い付けた。そんな彼女の姿は誰が見ても洒脱なモダンガール。 「満穂ちゃん、そろそろお昼よ。ちょっと休憩がてら、裏のカフェーか、斜向かいのミルクホールに行かない?」 「満穂ちゃんには今回もお兄さんが口上を務めるキネマの切符(チケット)を融通してもらっているもの。何なら今日は、私達で割り勘で奢るわ」
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