子供にはあたりまえ

25/85
前へ
/85ページ
次へ
 太鼓と横笛が鳴り始め、徐々に拍子が早くなり、男面が大きく拳を振り上げて俯いている女面を叩きだし、舞台中央で倒れた女面が片腕でそれを防御する。  すると暗がりの、蠟燭の明るさが届かない奥から、小柄な赤い猿面が飛び出して女面をかばった。  太鼓がぴたりと止む。笛の音がすぅ……と消えていく。  猿面が声をあげた。 「お父さん、本当なんだ。ぼくには本当に聞こえているんだ、神様の声が」  猿面は子供の声で言った。  ケイタの記憶に残る、かつてケイタが父に言った言葉を。 「お母さんが噓をついてるわけじゃない、だからもう殴らないで」  この舞台でいま演じられているのはケイタの過去だと気がついて、苦しくなり顔を歪めた。  嘘じゃない。家族で参拝した神社で、聞こえてきた温かな言葉を母に伝えたら、母は嬉しそうにケイタを抱きしめて褒めてくれたんだ。 「ケイタは神様のメッセージが聞こえるのね」  と。   ケイタの頭の中で、今まで何度も再生されてきた、家族が壊れてしまった決定的な場面を、この舞台上で見せられている。  女面が、よく通る声で言う。 「私の『お役目』はケイタを通じて神様の言葉を、人々に伝えてゆくこと。この子は特別な才能がある選ばれた子。神様の声を聞ける子なのよ」  不安定な笛と笙の音が混じりあって、女面の泣き声のようになり、ケイタの聴覚を刺してくる。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加