子供にはあたりまえ

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「君の母親が『ありがとう』と言っていた記憶が、君の中に存在しているか?」  ケイタは少し考え、記憶をたどる。 「ない。言われたこと、ない」 「何をしてもらっても、当然と思っているから、『ありがとう』なんて思わない。やってもらったことすらも、悪意で捉えて攻撃的になる。どんなことをしても気に入らないんだから、君の父親が何もしなくなる訳だよね。それすら君の母親は気に入らない。じゃあ、何をしてもらえば感謝するのか。何を与えられたら感謝するのか。君の母親に聞いてみたいよね? 君の母親が心から『ありがとう』って言うのは、どんな瞬間で、本当の望みは何なのか」  言葉を切って猿面がケイタを覗き込み 「知りたくない?」  まるで母の望みを先回りして正解を分かっているような問いかけだった。  ケイタは急に、猿面の無表情な面が怖くなった。  見たくない。知りたくない。聞きたくない。拒絶したい。  次々に暴いていく猿面が何を考えているのか、未知で怖い。  足が竦んだ。  ケイタの顔をじっと見たままの猿面が話題を変えた。
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