子供にはあたりまえ

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    ホウズキの明りを川面へ近づけて猿面は、もう片方に手に持っていたテッポウユリの茎を川底の小石のあいだに、そっと挿した。  穏やかな川の流れの中に猿面が、手を差し入れて、ゆっくり水流をかき回す。  そして何かをぶつぶつ唱えて、川面が凪ぐのをしばらく待った。  禊川を照らしていたホウズキの明りが、川底に景色を浮かび上がらせた。  猿面が川底を覗くので、ケイタもつられて目線を落とす。水面は水鏡ようになり、ケイタの母の姿を映す。  先ほど秩父神社の拝殿でケイタの母が手を合わせて祈っていた場面だった。  咲いているテッポウユリの花から、音が聞こえてくる。まるで拡声機みたいに。 「わ……にも……あた……さ……ちか……え……ださ……おあたえ……い」  ケイタは耳を澄ましてテッポウユリから聞こえてくる音に集中した。  段々とそれは、単語として意味を持ちケイタの耳に聞こえ、母の祈りがはっきり言葉になった。 「私にも力をお与えください」  ケイタはゾッとした。
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