子供にはあたりまえ

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 いまも全力で清香から離れなければ、ケイタまで沈められてしまう。溺れる人を助けるつもりが、救助者も道連れにされるようなものだ。いまの清香にケイタが手を差し伸べても、引きずりこまれるだけだ。  どうしてこれまで、こうしなかったんだろう。  携帯画面に表示されている通話マークをタップした。 数秒のコールのあと、父の声がする。  ケイタは自分を落ち着かせてから、言った。 「お母さんが、おかしくなったから、迎えに来て」  ケイタが手にした携帯の向こうで、父が息を飲みこんだ呼吸音が聞こえた。  父と三十分ほど話して、通話を切ったケイタは一息つくと、まだ拝殿に挨拶に行けていなかったことを思い出した。参道をぐるりと周り、三ツ鳥居まで戻る。  改めて鳥居の前で頭を下げて、手水舎で清めて、敷石の参道を歩き、拝殿を前にする。  二礼二拍手一礼して、無事に参詣できた感謝だけ祈って拝した。  拝殿から少し離れ、拝殿全体が見える距離で、携帯で写真を撮る。彫刻や、それを彩る色彩の美しさにしばらく見入った。  神様からのメッセージがきこえなくなったいま、気持ちを楽にして、参拝することができた。
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