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episode2
「ちょっと星野ぁー!!ほんっ…とアンタ、いい加減にしなさいよっ!!」
『んぁ…?あ〜おかえり〜』
「おかえり〜じゃなくてっ!」
18時過ぎ、私はいつも通りに仕事が終わって帰宅した。玄関先で靴を脱いで部屋に入るや否や、部屋中が散乱している状況を目の当たりにする。
「何回も言わせないでよっ…!!部屋は自由に使っていいけど、その代わり後片付けはちゃんとしてっ!はぁ〜…アンタ仮にも居候の身なんだから。」
『あぁ〜…ほんとごめんっ…!そのぉ〜…ラチャット&クリンクに没頭してたら、気づくといつの間にかこんな事に?みたいな…ははっ。』
ゲームソフトや漫画、お菓子や延長コードなど、部屋中いたる所に散らばっている。夢来は、仕事による疲労に加え、これから後片付けをしなくてはならないという現実に頭を抱えた。
『でもほらっ…、コレ見てくれよ!夢来が欲しかったこのアイテム、俺ゲットしたんだぜ?これがあれば次のステージ行けるぜぇ〜♪』
「…そんなことで、私が許すとでも…?」
気がつくと、夢来の背後にはドス黒いオーラが渦巻いていた。星野は”これはヤバい”と顔を引き攣らせ、冷や汗を垂らす。
『っ…ほんっとにごめんっ!!今からちゃんと片付けるから…あと、今日の晩ご飯は俺が作る。だから夢来は先にお風呂入ってきなよ、な?』
(〜〜〜っっ!!ほんとコイツッ…!猫みたいに謝りながら甘えてきてっ…!だめだめ、ここで許したらまたっ…)
ここ最近、帰宅後に物が散乱している状況を目にすることが増えていた。もはやこれは、常習犯と言っていいだろう。
しかし夢来は、注意する度に猫のように甘えながら謝ってくる星野に、どうにも弱かったのだ。
「わかった…それじゃあ、後片付けと晩ご飯お願いね?私、少しだけ仕事してからお風呂入るから…。」
(私はなんでこうも甘いんだろ…はぁ…)
──寝室でパソコン作業を終え、夢来はようやく風呂に入った。湯船に浸かりながら、夢来はあの日のことを思い返す…。
大雨の中を、傘も差さずに歩いた帰り道。
全身ずぶ濡れになって帰宅した時、新調した鞄とフレアスカートは哀れなほどにみすぼらしい姿だった。
普段以上に気を使って粧し込んだ女心が報われることなどなかった。
自宅に戻った後はしばらく何も考えられず、ただひたすら虚空を眺めていた。
それから数時間は経っただろうか。
なんの前触れもなく、突如インターホンが鳴ったのだ。人と話すどころか玄関先へ向かう気力すらないというのに、それは数十秒おきに3回ほど鳴った。夢来は無理やり体を動かし、やっとの思いで扉を開く。
するとそこには、見知らぬ一人の青年が立っていた、夢来が置き捨ててきたはずの傘を持って…。
『これ…。』
一言そう言うと、彼は傘を差し出した。
『俺さ、見てたんだ…。君が男の人と話してたの。君、大雨の中フラフラで今にも倒れそうに歩いてたから…途中で何回か声掛けて傘さしてあげようかと思ったんだけど…結局声掛けられなくて…それでその…心配でここまで…。跡つけて悪い…。』
─しばらく、沈黙が流れた。
『君のこと見てたら…まるで俺と同じだなって思ってさ……どうしても気になって…それであの…えっ…?』
1粒の涙が、夢来の頬を伝った。
──数秒の時が流れる。
そして、夢来は人の温かさに我に返った。
気がつけば、その青年に抱きしめられていた…。
──『…少しは落ち着いてきた…?』
夢来はコクン…と頷く。
ミニテーブルの上には彼が置いてくれたであろうホットココアがある。
湯気が出ている、まだ温かそうだ。
『君、体かなり冷えてたから…温かい物でもどうかなって思って…その、勝手に家の中漁ってごめん。…それ飲んだらさ、髪の毛乾かしなよ。』
「…いいよ、面倒だから…」
『……』
ひとつ屋根の下で男女二人きりのシチュエーションだと言うのに、奇妙なくらいしんと静まり返っていた。
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