episode4

1/1
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

episode4

──耳元に、生温かい何かが触れた。 「んっ…ひゃあっ…!///」 一瞬何が起きたのか分からず、夢来は素っ頓狂な声を出してしまう。 (なに今のっ…!!なっ…舐められたっ!?) 『…何それ…色気のない声だなぁ…』 ソファを(へだ)てた真後ろから、星野は夢来の上半身に手を回す。そして今度は耳元に息を吹きかけた。 「やっ…、何すんのよっ…!」 『んーなんかヤらしい格好してるなっておもって、つい?ていうかなんか…全身赤いけど大丈夫?もしかしてのぼせた?』 「うん…多分ね。ちょっと色々と思い返してたら浸かりすぎたみたいで…。」 星野は夢来の隣に座ると、心配そうに見つめながら頬に軽く触れた。 『じゃあもう少し休んでからご飯食べよっか。水、もう少し持ってくるよ…。』 そう言ってソファから立ち上がりその場を離れようとした星野の手を、夢来はそっと掴んだ。 「待って…行かないで…もう少しここにいて朔夜(さくや)…あっ…」 ─数秒間、沈黙が流れた。 『水、持ってくる。待ってて。』 (どーしよ…私いま、朔夜って言ったよね…たぶん…) 先程まで元彼のことや星野との出会いを思い返していたからだろう、つい元彼の名前を口にしてしまったのだ。 その後水を受け取り、しばらくはソファに腰掛けて休んでいた。 それから数十分ほどは時間が経っただろうか…。夢来の体調が回復するまで待っていたのであろう星野が、ぽつりと言葉を口にした。 『やっぱりまだ、元彼のことが忘れられない?』 「えっ……あー…うん…。さっきはつい…ごめんね…嫌な気にさせたよね…。」 失言してしまった自分は大馬鹿者だと夢来は思った。この後どのように彼に接すればいいのか、数秒ほど戸惑い悩む。 『確かに俺も、忘れられないから気持ちわかるよ。まぁでも、俺が忘れられないのは傷ついたっていう過去の出来事そのものだけどね。』 「え…どういうこと?もう1回言って?」 『元カノに浮気されて利用されてたっていう出来事そのものがまだ忘れられないだけってこと。心の傷がまだ癒されていないだけ。つまり、元カノのこと自体はもうどーでもいいってことだよ。なんならさっさとくたばれあのアバズレ野郎って思ってるし。』 (なるほど。ていうか、アバズレ野郎って…) 「…星野は偉いね…私より歳下なのに、辛いことがあっても前を向いてさ…。心の傷はまだ癒えないとしても、元カノのことは吹っ切れてるって事だよね。それに比べて私は…。」 と、言いかけた言葉が詰まった。 ふと視線を感じ、夢来は星野に目線を向ける。 星野は夢来をじっと見つめていた。 『はぁーー…。私もいい加減吹っ切れなきゃだよね…。これを機に、思い切って新しい出会い探しちゃおうかな〜!歳上でー、私のこと守ってくれてー、優しくてー…なんてねっ…へへっ。』 夢来は空元気ながらも前を向かねばと気持ちを懸命に切り替える。そんな夢来の姿を見て星野は、何やら不服そうな表情で…。 「新しい出会いって…別にする必要なくない?」 『へ…?』 「いい男が目の前にいるってのに、新しい出会い探す必要ないだろ。」 一瞬、夢来の思考は停止した。 『へっ…!?はっ…え、それって星野のこと言ってる?ちょ…ちょっと待ってよ〜。あ、もしかして私のこと元気付けようとしてくれてるの?ありがとう。』 「違うし。…ていうかさっきから年上年上って…そりゃー俺は夢来より2つ年下だけど、そんな対して変わらなくない?」 (なんだろう…妙に星野が不機嫌な気が…) 先程までとは明らかに違って不機嫌な様子の星野に気づき、夢来はどうしたらいいものかと戸惑う。 『ん…んーーどうだろう…。人によるのかもしれないけど、割と2歳の差って違うもんだよ〜?私の職場にいる2歳年上の先輩とか、私と2歳違うだけでもかなり大人だし…。』 「はぁぁぁ〜〜……年上年上〜としか言えないその口…煩いんだよっ…!」 そう言うと突然、星野はソファに座っている夢来の元へズカズカと勢いよく歩み寄ってきて…思い切り押し倒す。 『ちょっと…!?なにっ…んんっ…!?!?/////』 温かく柔らかい星野の唇は、夢来の唇を強引に塞いだ。 「んん…ちゅっ…くちゅ……」 『やっ…んんっ……ちょっとせぃ…やぁ…』 触れ合っている部分が熱を帯びる。 思考がうまく回らない。 星野の体を押しのけようとしても全く歯が立たなくて…。 「んっ…はぁっ…はぁ……俺だってな…普段から食生活に気を使ってるし、体だって鍛えてるし、美容にだって手は抜いてない。」 『はぁ…はぁ…せぃや…?』 「今まで与えられてきた芸能活動の仕事だって全力100%で応えてきたし、周りの大人が求める空閑星野を抜かりなく演じてきた。男女問わずモテるためのコミュニケーション力や所作も独自で色々考えたりして……」 『き、急にどうしたのっ…?ねぇっ…』 「…っ、でもっ…!!どうしたって夢来より年上にはなれねーんだよっ…!!」 ─瞬間、しんと静まり返った。 いつも自由人で気まぐれで、たまに猫みたいに甘えてくるあの星野が、声を荒げて体を震わせている姿に夢来は驚くことしかできなかった。 『あの…ねぇ星野……もしかして、年下扱いされることが気に食わなかったの?ごめんね…もう言わないから。すぐに気づいてあげられなくて、ごめん…。』 「っ……俺の方こそ、ごめん…大声だして…。ただ俺は…夢来に男として見てもらえてない事が…悔しかっただけなんだ。夢来の心の隙間にどうやったら入り込めるのかって…夢来の1番になるにはどうやったらいいのかって…1人で焦って…。」 震えるその声で、ぽつり…またぽつりと、思いを言葉にしていく。 『星野…それってつまり…その…もしかしてだけど…』 「好きだ…好きなんだよ、夢来の事が。」 そう言うと星野は、そっと…夢来を抱きしめた。 その瞬間、夢来は”あの日の大雨”が自分に降り注ぐ錯覚に陥った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!