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episode5
──自分を抱きしめたその手は、力強くも微かに震えていた。
あの日…あの時、もし星野があの場に居合わせなかったら…もし傘を持って来てくれなかったら、きっと私は、今も朔夜のことで塞ぎ込んでいただろう。
雨が降る度に、梅雨がやってくる度に、ことある事にあの日の出来事が私を苦しめていたかもしれない。
初めは正直、傷ついた心を星野という人の温もりで癒そうとしていた。星野を利用して、崩れかける心を保とうとした。
たぶん彼も、同じような気持ちで私に近づいてきたのかもしれない。
でも、結果的にその選択は間違っていなかった。1ヶ月近く一緒に過ごしてきた中で、星野の人となりが段々と分かってきて…。
─自由人で気まぐれなくせに、急に猫みたいに甘えてくる。
──私が落ち込んでいる時には何も言わずそばに居てくれて、時には優しく頭を撫でてくれた。
───どーでもいい事で笑いあったり、たまにお互いムキになることもあったりして…。
気がつけば星野は……
” 私にとって大切な存在”になっていたんだ 。
『星野…ありがとう…あり…がとぅ…。私ね、私……やっぱりまだ、どうしても元彼のこと忘れられないの…。』
「うん、分かってる。」
『…でもねっ…この1ヶ月、星野と関わっていくうちに、少しづつ私の中で星野の存在が大きくなっていって…可愛いなって…優しいなって……以外と男らしいところもあるんだなって思ったりっ…たまにはムカつくって思うこともあったりして…ひっ…うぅ……っ』
伝えたい気持ちが上手く言葉にならない。
涙がじわじわと溢れ、喉の奥がぎゅっと締め付けられ、沢山の思いが溢れて溢れて、苦しい。
『でもね、私はっ……星野が大切なのっ…!星野のこと好きだなって……大切だなって…そう思えるようになってきたのに…まだ私の中には元彼の存在が残ってて…完全には忘れられなくて…っ…うぅ……ごめっ…んね…』
嗚咽混じりに泣く夢来の頬に、星野は優しくキスを落とした。それからそっと頭に手を置き、数回撫でる。
「少しづつでいいんだよ、無理しなくていいんだ。誰だって、辛い気持ちをすぐに消すことなんて出来ないよ…俺もそうだったから。」
霞む視界の中にいる星野は、真っ直ぐに私を見つめている。そして零れ落ちる涙をそっと優しく拭ってくれた。
『ねぇ…星野…わたし、もっと星野のことが知りたい…。星野が考えてること…星野はどんなことをしたら喜ぶのかとか…笑顔になるのかとか…もっと知りたいの。頭の中を、星野でいっぱいにしたいの…もっと、もっと…』
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