義眼の工房

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義眼の工房

そこは人里離れた廃墟の村。 周りは鬱蒼(うっそう)と茂る雑木ばかりの木々。 そんな所に一軒だけ看板を出している工房がある。 そこは義眼を造る工房だった。 眼球を失った者が、その眼球が収まっていた場所に義眼を入れる。 すると、その生き生きとした義眼はまるで命を宿したように輝き出すのだった。 本来ならば、それは失われた眼球を外観上補うもので、視力を回復させる物ではない。 けれど、ここの義眼は違っていた。 工匠(こうしょう)の手によって造られたそのガラスが、不思議な力によって再び光を見、また動き出す。 それは命を宿す希望の義眼だった。 裕福な貴族の娘イシアが、片目を失った。 唯一の希望としてこの工房を訪れ、自らの義眼を造る為にその工匠に貢ぎ物を持って来た。 「どうかこの目が再び見えるようにして頂きたいのです」 彼女はそのベールを外した。 美しく豊かな髪が見えた。 輝くブロンド、そして陶器のような白い肌、その瞳は新緑のグリーンだった。 大きな美しい瞳だ。 けれどその片目には眼帯を付けている。 悲痛な面持ちで、工匠ソウリュウを見た。 美貌の若い女だった。 ソウリュウは一目でその心を奪われる。 言葉を失い、彼女を見つめた。 もしも彼女の瞳が奪われる事がなかったなら、どれほどの美しさだったかわからない。 「義眼だけなら、すぐお造りする事は可能です。けれど、再び光を見るには単なる義眼では不可能なのです」 「では、どうすればよろしいので?」 「それには、あなたの事を心から愛する者の生きた眼球が必要なのです」 彼女の側に座る母サマラが言った。 「でしたら、私の眼をこの子にやってください」 ソウリュウは(うつむ)いて答えた。 「それが、今まで血のつながりのある者の眼球で試してみたものの、成功例は一つもありません。上手くいくのは、血縁関係以外の真実の愛の宿る者の眼球だけ」 「そんな…」 「ですから、光は見る事はなくても、単なる義眼でよろしいのでは?」 それにイシアは答えた。 「私は私を愛する者の眼を奪ってまで、再び光を見ようとは思いません」 「皆さん、私の義眼には満足頂いています。きっと、単なる義眼でも充分でしょう」 イシアは少しだけ俯いて微笑んだ。 希望は絶たれた、そう思ったのかもしれない。 「これは魔術ではないのです。真実の愛を持つ者の愛が、あなたに再び光をもたらすものなのです」 ソウリュウの説明に、その母サマラは静かに涙を流した。 「明日からさっそくお嬢さんの診察をして、あなたにぴったりの義眼をお造りしましょう」 「よろしくお願い致します」
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