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カマキリの結婚-2
ソムはイシアが帰った後の工房に戻る。
工房にはソウリュウ一人が残っていて、彼女の眼窟の型を眺めていた。
「師匠、ご意見をお聞きしたいのです」
「何だ?」
ソウリュウは型に見入りながら、顔を上げずに答えた。
「カマキリの結婚って、知ってますか?」
「カマキリ?あ〜、交尾したらメスに喰われちまうって奴か」
「はい、それです」
「それがどうした」
「師匠はメスに喰われるとしても交尾しますか?」
「お前、何聞いてんだ。恥ずかしいからやめろ」
「俺マジで聞いてます」
「あっそ。お前ならどうする?」
「俺?えっ…あ…」
「お前まだ17だからなぁ、命の方が惜しいだろうなぁ」
「俺だったらメスには近付かないです、きっと」
「考えてみろ、どっちみちカマキリのオスはいずれ死ぬ。子孫を残して死ぬか、残さず死ぬかだ。どっちが得か」
「だったら、死にそうになった時にメスと交尾をすれば…」
「やっぱり交尾するんじゃないか」
「師匠は、女性とその、結ばれたら生きた義眼造りの力がなくなっちゃうじゃないですか。一生独身を貫くつもりですか?」
「あ〜、それはわかんないな。そもそも人の健康な瞳を誰かの眼窟に埋め込む術は本当に正しい事なのか私もわからないよ。だからね、この技術は失われたとしても、惜しくない。好きな女がいれば、私はその人と結婚する」
「えっ?!その力を失ったとしても?」
「ああ、女の方がいい」
「じゃ、メスに喰われちまうって事でいいんですか?!」
「いいよ、好きな女なら」
「えーっ!それは国家の損失になるんですけど」
「だから何だ」
「師匠〜」
「人の眼を奪うより、精巧な義眼でいいじゃないか」
「師匠が女好きだった事がショックなんですけど」
「おいおい」
「じゃ、たとえばイシアさんとか…」
「具体的にくるねぇ」
ソウリュウは掛けていた椅子から立ち上がって、前掛けを外した。
「あのお嬢さんは、なんだか好きになってはいけない気がするな」
「どうして?」
「うん…なんとなくね。双龍に似ている気がする」
「双龍に?」
「なんとなくね」
ソムはドキドキしてきた。
遠い目をして窓の外を見つめるソウリュウの姿が、イシアの名前を出した途端に真剣になった気がするからだ。
「あのお嬢さんのためなら、自分の眼を差し出す男が現れたとしても、不思議じゃないね。でも、いない。それが現実さ」
「師匠なら、どうします?欲しいと言われたら、自分の眼を捧げられます?」
「う〜ん、どうかなぁ」
「片目を失ったら、職人としての命を捧げる事になるんですよね」
「私はそこまでの境地に至った事がないから、わからないよ」
「女のためにそこまでする男はバカじゃないのかな?」
「職人であり続ける事よりも尊い物があるなら、それはそれでいいのかもしれないけどね」
「師匠、本当は女好きなんですか?」
「何言ってんだ。好きに決まってるだろ」
「えーっ、孤高の天才だと思ってたのに」
「勝手に理想を押し付けるな」
ソウリュウはソムの頭をクシャクシャと撫でまわした。
「お嬢さんの事が好きなんだなソム」
ソムは赤面した。
「年上の女性に憧れる年頃だもんなぁ〜。青春だねぇ」
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