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嫉妬
ある時ソムは工房の机の上に水晶の義眼のベースが置いてあるのを見つけた。
これは単なる義眼製作では今は使われていない。
生きた義眼製作に使うものだった。
つまり、ソウリュウが生きた義眼製作を始めようとしている証だった。
ソムは胸に鋭い痛みが走ったのを感じた。
生きた義眼造りには、本物の人間の生きた眼球が必要だ。
しかも相手を思う無私の愛を持つ者の眼球が。
そんな準備もないのに、どうしてここに水晶のベースがあるのか不思議に思った。
考えられる可能性はイシアの生きた義眼を造ろうとしている事だ。
イシア自身も望んでいない事なのに、どうしてそんな準備をしているのかはわからない。
ソムは『まさか、そんなはずはない』と思ってその事は忘れる事にした。
そもそもそんな準備をしているからといって、本当に製作するとは限らない。
工房を出てイシアの滞在先の家を見ると、そこにはソウリュウが立っているのが見えた。
イシアと並んで話し込んでいる。
イシアが微笑む。
悲しい色は一つも見えなかった。
それは開放された彼女の自由な微笑みだった。
怒りにも似た嫉妬が駆け抜けていく。
そこにはメソメソとする悲壮な彼女ではなく、自信に満ちて輝く彼女がいた。
なぜ、彼女はソウリュウの前でだけあんな風に振る舞うのか。
その答えは一つだけだと悟っている。
自分には決して見せない彼女のあの顔。
ソムは拳を握りしめた。
それを目を背けて見ないようにするのが精一杯だ。
気が付かれないように静かにそこを立ち去って、ソムは森の方へ向かった。
問い尋ねなくても、二人の間に相互の愛情が存在する事は明らかだ。
そうだとしたら、ソウリュウが製作の準備を始めていた生きた義眼は…。
材料はソウリュウの眼球という事になる。
ソウリュウが自身の眼球を使い、自ら生きた義眼を造ろうとしているのか?
職人としての生命が絶たれる、その危険な試みを実行しようとしているのだとしたら…。
ソムは寒気が走った。
究極の作品造りをしようとしている事になる。
いくらなんでも、彼女自身が望まぬ事をするだろうか?
フト見ると、森の中で剣術の稽古をしているモーゼンを見つけた。
演舞のような動きで、剣を振るう。
モーゼンがどういう男なのかはわからなかったが、ソムにとっては唯一の助言者だった。
「モーゼンさん」
「お」
「少しいいですか」
「何だ」
モーゼンは剣を鞘に収めた。
「モーゼンさんはあの、結婚は?」
「ま、昔はな、別れたけど」
「イシアさんの事が気になった事はあるんですか?」
「やめろや、あれは悪女だぞ」
モーゼンはまるで闘牛のように大きな体で、筋肉で体がはち切れそうだった。
「俺は女にはこりごりしてるから。いいか、お前。悪女に貼り付かれたら、魂を抜かれて死ぬぞ」
「カマキリみたいに?」
「女は元々男を喰い殺す生き物なんだよ」
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