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モンスター
ソムは真剣にモーゼンに尋ねていた。
「どうしたら、イシアさんを忘れられる?」
モーゼンはソムの肩に腕をまわして、その腕に力を入れた。
ムッとした汗の臭いがする。
「女の目を見たらいかん。カマキリはな、オスの頭に鎌を振るう。目が合ったらお終いだ」
「イシアさんとは目を合わせないようにする?」
「とにかく近寄るな。同じ空気吸ってるのだって危ない」
「そんなの無理だよ」
「だったら鎌で頭をガッサリやられてお終いだな」
「ヤダよ」
「いいか、戦う時はな、相手の目を見てはいない。目を合わせたら、剣は振るえない。だから、目玉からは視線を逸らしているんだ。戦場にいると思って油断するな、目を合わせず動きだけ見ろ」
「え?」
「鍛錬すればできるようになる」
「でも、見たくなっちゃったら」
「戦場で相手が女戦士だったら、眺めていたら殺されるぞ。それくらいお嬢様は危険だからな」
「だけど」
「あのな、あのドレスは鉄のドレスだ。あの片っぽだけの目は殺傷能力MAXの鎌だ。生きたままその眼をくり抜かれるぞ」
「ひぃ」
想像してしまった。
イシアが鉄のドレスで、大きな鎌を持って男の眼球をくり抜こうとして構えているところを。
グリーンの瞳を血走らせて…。
「師匠…師匠が」
「ソウリュウさんも彼女に夢中になってるのか?」
ソムは答えなかった。
けれどモーゼンは天を仰いだ。
「恐ろしい女だ」
「どうしたらいいの?」
「さぁ、どうしたもんかな」
「師匠が自分の眼を差し出したら、職人としては終わってしまうよ」
「どうしようもないだろうが。お前と違ってソウリュウさんは大人なんだから。俺が止めたところで聞き入れないだろ」
「師匠は天才技工士なんだ、この国の宝なんだよ!」
「けどよ。女に目が眩んだんなら、どうしようもないじゃないか」
「嫌だ、嫌だ」
「だったら、お前が自分の目玉差し出せよ!」
「え?!」
「お前が職人の道諦めたら解決かもな」
「ヤダ!」
「だったら仕方ないな」
「モーゼンさん!」
「この世には、モンスターが存在するんだよ。ドラゴンやゴーストより恐ろしいモンスターがな」
「どうしたらいいの?」
「とにかく女には近寄るな」
そう言ってモーゼンはまた剣を抜いて、演舞を始めた。
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