伝説の工匠

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

伝説の工匠

イシアはその母サマラと侍女ラウ、用心棒のモーゼンを連れている。 それらの者たちが、廃村の空き家に滞在した。 工匠のソウリュウには、若い助手のソムと姉のマーラがいた。 ソウリュウは物思いにふけっていた。 彼女のグリーンの瞳の色を出す事、それを染料でどのように出そうか。 彼女の瞳は大きい。 妥協を許さず描き切らなければ、その色が褪せて輝きは失われてしまう。 ベースのガラスは、彩色されたものだが、その後ガラス表面には筆で血管などを描いていく。 それは仕上げの段階で一番技量が求められる事だ。 彼女の瞳は美しいものだった。 もしもそれが二つとも揃っていたなら、この世の全ての宝石を集めても、敵わぬ光であっただろうに。 若い娘の眼球を奪う事故がどんなものだったのかはわからない。 その心の苦しみもわからない。 けれど、失った物を埋める義眼で、少しだけ世界は変わる。 本当なら、彼女の望むように、その瞳に光を戻してやりたかった。 彼女の瞳は片方だけであったから、遠近感が失われている。 距離感も計れない。 それは生活の中で不自由な事も多かった。 些細な物でつまずいたり、転んでしまったり。 何より体の一部を失う事は、自尊心を傷付ける。 中途失明の辛さはそこにあった。 今まで見えていた物が見えない。 わからなくなってしまうのだ。 その代わりに他の感覚が鋭くなっていく事は間違いなかった。 「こんにちは、僕は師匠の弟子のソムです。食材を持って来ましたよ」 彼は、はつらつとした若者でヒョロリとした細い義眼技工士だった。 人懐こい顔は、リスのようで少しだけ前歯が出ている。 それでも田舎暮らしで、その体は丈夫で筋肉質だった。 「大丈夫、心配しないで。みんな義眼を入れる前はとっても不安なんだけど、ピッタリな義眼を入れるととっても美しいんだよ。とても喜んでみんな帰って行くんだから」 ソムは肉や野菜の入ったカゴをテーブルの上に置いた。 母のサマラが鍋でお湯を沸かしている。 イシアは椅子に座り微笑んでいた。 その前にソムが腰掛けた。 「君だって義眼を入れた自分を見たら感激するだろうよ。鏡を見るのが喜びに変わるから」 「そうなの?」 「ああ。うちの師匠は、なんてったって伝説の工匠だからね。素晴らしい加工技術なんだ」 「私もっとお年を召した方だと想像していたの。だけど、とても若い方で、素敵な方だったから…」 「そうなんだよ。義眼を造りに来る女の人は、すぐ師匠に夢中になっちゃうんだよね。俺も師匠の年はわからないんだけどさ」 「そうなの」
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!