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双頭の龍ソウリュウ
ソムはテーブルに肘をついて顎を乗せた。
「師匠は俺くらいの年の頃に、龍に会った事があるんだよ。
そいつは双頭の大蛇みたいな奴で、首が二本に頭が二つ。
で、その龍を討伐するために勇者がやって来て、その眼に剣を刺した。
眼球を失った龍はそれでも命は助かったけど、宝石のような瞳を無くして心が荒ぶれたんだな。
この村を襲って人々を苦しめた。
それで師匠は可哀想な龍に義眼を造って入れてやったんだ。
そうしたら心を取り戻した龍が、師匠に不思議な力を授けたんだよ。
それが、愛する者の瞳で義眼に生命力を与える技術なんだって」
「その義眼を着けた者は再び物が見えるようになるのでしょう?」
「そうだよ。でもね、眼球を譲った者の眼は見えなくなる。だから、よほどの愛がなければそんな事はできない。無私の愛、自己犠牲の愛かな」
「私は、誰かの瞳を奪うのは嫌だわ」
「そう、だからそんな依頼が成立する事はめったにない。一度小さな男の子の眼を造った事があるけどね。水晶の台座に生きた眼球の角膜を貼り付けて…」
イシアは顔を背けた。
「あ、ごめん。ちょっと刺激が強かったかな。ま、そんな事で師匠は双龍と呼ばれているけど、本当の名前は誰も知らない」
ソムは立ち上がった。
「ああ、ここもボロだから隙間風が酷いねぇ。お嬢様も体を冷やさないようにね」
「ありがとう、ソム」
「あ、そうだ。お嬢様は師匠の事好きになっちゃダメだよ」
「え?」
「師匠は女性と結ばれると、不思議な力を失ってしまうんだって」
「そうなの?」
「きっと、双頭の龍はメスだったのかなぁ。師匠は美男子だからね。独り占めしたかったのかな、なんてね」
ソムは出て行った。
貞操の誓いを破ると、その力を失うソウリュウの話を聞いてイシアはため息をついた。
初めてソウリュウに出会った時に感じたトキメキを封印せねばならないと思った。
漆黒の黒髪で、まるで冷たい氷のような眼をした彼は、その氷の瞳の中に秘めた青い炎を閉じ込めていた。
切れ長の細い瞳に映し出される者は、その瞳に魅入られて魂を奪われてしまう。
イシアもまたそうだった。
心が溶かされて、胸が高まった。
彼に新たな瞳を入れられて生きていけたなら、全ての物は美しく輝くのだろうなと思った。
もしも自分に二つの瞳があったのなら、彼の全てをもっと正確に見つめる事ができたのに。
侍女のラウが食材の入ったカゴを手に取った。
「これでスープが作れるわね。固くなったパンを浸して食べればいいわ」
旅のために持ってきていたパンは、乾燥してパサパサとしている。
それをスープで柔らかくして食べるのだ。
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