診察

1/1

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

診察

「ああ、とても綺麗な状態だし、上手くできそうだ」 ソウリュウの手がイシアの瞼を押し上げていた。 「樹脂を注入して型取りをしよう」 ソウリュウの顔が近い。 イシアはその片方の瞳を逸らした。 その胸の高まりが聞こえてしまいそうだ。 「想像してごらん。ここに新たな瞳が入って輝くんだ。美しいよ」 それよりも、ソウリュウに見つめられている事が時を忘れさせる。 イシアは思い出していた。 ソムに聞いた双龍の事を。 きっとこうしてその龍の眼に義眼を収めたのだろう。 その指が頬に触れて、青い炎のような瞳に見つめられて。 その龍もソウリュウに恋をしたのだ、と思った。 失った瞳の悲しみも忘れさせる、彼の眼差し。 その瞳が再び光を取り戻せたのなら…。 イシアは息を飲んだ。 彼の衣服から炭の匂いがする。 「虹彩と瞳孔を筆で描くんだ。その方がいい。ガラスではなく、樹脂で造ろう」 ソウリュウは興奮しているようだった。 「眼の周りは洗顔時によく洗って清潔に保つんだ。義眼を入れるようになったら、乾燥する事も増えるから医者に目薬を処方してもらって」 彼の息がイシアにかかる。 「聞いてる?お嬢さん」 「え、ええ。わかりました」 「それから、少し痛みがあるかもしれないけれど」 「大丈夫です」 「まあ、それは慣れていくしかないから」 ソウリュウと目が合った。 同じ部屋には彼の姉マーラがいる。 それでも、二人だけの世界に浸っている気がした。 「今までは全てガラスで造っていたんだけど、どうしてもサイズの調整が難しい。これからは樹脂で研磨して…」 ソウリュウはじっと見つめるイシアの瞳にドキリとした。 彼女にわからない事を捲し立てている自分に恥ずかしくなる。 「とにかく、素晴らしい物を造るつもりだよ。君はその間、この廃村の周りにある森を見て暮らすといい」 「森を?」 「そう、森は眼を癒すからね」 「はい」 ソウリュウは立ち上がった。 その足音が遠ざかっていくのを聞いて、イシアは悲しくなる。 もっと彼の話を聞いていたかった。 良くはわからなかったけれど、彼は興奮していて、その興奮が伝わってくると、自分の眼は想像以上に素晴らしい物になると思えたからだ。 そしてソムに言われた警告を思い出す。 「師匠の事好きになっちゃダメだよ」 わかっている。 わかっている。 けれど、影のある謎めいた男にどんどんと惹かれていった。 本当の名を誰も知らないという、ソウリュウに。 龍の眼を入れた伝説の工匠に。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加