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診察
「ああ、とても綺麗な状態だし、上手くできそうだ」
ソウリュウの手がイシアの瞼を押し上げていた。
「樹脂を注入して型取りをしよう」
ソウリュウの顔が近い。
イシアはその片方の瞳を逸らした。
その胸の高まりが聞こえてしまいそうだ。
「想像してごらん。ここに新たな瞳が入って輝くんだ。美しいよ」
それよりも、ソウリュウに見つめられている事が時を忘れさせる。
イシアは思い出していた。
ソムに聞いた双龍の事を。
きっとこうしてその龍の眼に義眼を収めたのだろう。
その指が頬に触れて、青い炎のような瞳に見つめられて。
その龍もソウリュウに恋をしたのだ、と思った。
失った瞳の悲しみも忘れさせる、彼の眼差し。
その瞳が再び光を取り戻せたのなら…。
イシアは息を飲んだ。
彼の衣服から炭の匂いがする。
「虹彩と瞳孔を筆で描くんだ。その方がいい。ガラスではなく、樹脂で造ろう」
ソウリュウは興奮しているようだった。
「眼の周りは洗顔時によく洗って清潔に保つんだ。義眼を入れるようになったら、乾燥する事も増えるから医者に目薬を処方してもらって」
彼の息がイシアにかかる。
「聞いてる?お嬢さん」
「え、ええ。わかりました」
「それから、少し痛みがあるかもしれないけれど」
「大丈夫です」
「まあ、それは慣れていくしかないから」
ソウリュウと目が合った。
同じ部屋には彼の姉マーラがいる。
それでも、二人だけの世界に浸っている気がした。
「今までは全てガラスで造っていたんだけど、どうしてもサイズの調整が難しい。これからは樹脂で研磨して…」
ソウリュウはじっと見つめるイシアの瞳にドキリとした。
彼女にわからない事を捲し立てている自分に恥ずかしくなる。
「とにかく、素晴らしい物を造るつもりだよ。君はその間、この廃村の周りにある森を見て暮らすといい」
「森を?」
「そう、森は眼を癒すからね」
「はい」
ソウリュウは立ち上がった。
その足音が遠ざかっていくのを聞いて、イシアは悲しくなる。
もっと彼の話を聞いていたかった。
良くはわからなかったけれど、彼は興奮していて、その興奮が伝わってくると、自分の眼は想像以上に素晴らしい物になると思えたからだ。
そしてソムに言われた警告を思い出す。
「師匠の事好きになっちゃダメだよ」
わかっている。
わかっている。
けれど、影のある謎めいた男にどんどんと惹かれていった。
本当の名を誰も知らないという、ソウリュウに。
龍の眼を入れた伝説の工匠に。
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