廃村の森

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廃村の森

ソムが剣を腰に帯びてやって来た。 「今日は龍塚を案内するよ」 イシアは立ち上がった。 「さっき外でラウさんも誘ったけど、忙しいって断られちゃった。サマラさんは行きますよね?」 お茶を飲む母のサマラは笑った。 「今日はお天気もいいわね。若い人だけで行ってらっしゃいよ。私は旅の疲れで腰が痛いからやめておくわ」 「なんだ〜、せっかく唯一の観光スポットに連れて行こうって言うのに」 ソムは立ち上がってイシアに手を差し出した。 「龍塚はね、双龍の義眼が眠っているんだよ。双龍はもうずいぶん昔に亡くなったからね」 イシアはソムの手に掴まった。 ソムはニカッと笑って、イシアをエスコートした。 イシアよりも年の若い彼はまだ17で、身が軽い。 栗色の髪がカールしていて、手足が長く背が高かった。 「森を歩くのは怖いわ」 「大丈夫、俺がついているんだから。こう見えても、結構強いよ」 二人は家を出て行った。 森の入り口は滞在中の家を出てすぐだ。 周りは森に囲まれている。 森に入ると、根を張る木々の凸凹とした地面が歩き辛い。 その凸凹をイシアは認識できない。 何度も足をつまずかせ、そのたびにソムにしがみ付いた。 「ははは」とソムは笑う。 「笑わないでよ。私は生きた心地がしないのよ」 「だってさ、あんまり俺にしがみ付いているもんだから」 「見えないんだもの」 「かわいいなぁ」 「からかわないで」 まだ森の入り口でしかなかった。 雑木の連なる広葉樹林の森には、ソムのようなげっ歯類が木の間を走っていた。 リスにネズミ…。 「あ、今ソムがいたわ」 「あれは親戚のリスで、って違うだろ。噛み付くぞ」 「あっちにも」 「あれは森ネズミで。あれ意外と美味いからね」 「食べちゃうの?」 「食べる物がない時はね」 「共食い?」 「違うだろ」 イシアは久しぶりに笑い転げていた。 人の目を気にして外出する事も減っていた。 この森には誰もいない。 自分の身に起きた不幸を哀れむ者も、その眼を(あざ)ける者も。 自由を満喫した。 眼帯をした自分を好奇の目で見る者はいない。 それに、どんなにイシアがソムにもたれかかっても、彼はびくともしなかった。 強靭な体で力が強い。 しばらく、つまずきながら進んで行くと岩山をくり抜いた洞窟が現れて、その洞窟が木戸で塞がれていた。 「ここに双龍の義眼は眠るんだ。この岩山の上に塚があって、そこには石碑があるんだよ。そこへの道は険しいからやめておこう」 「うん」 「でもね、あの塚まで行くととても眺めが良くて…本当は君と一緒に見たかった」 まるで遠くを眺めるような目でソムは語った。 「お願いだから、師匠の事は好きにならないで。あの人は国宝級の芸術家なんだよ。力を失ったら、国の損失になるんだ」 まるでソムに心の中を見透かされているようだ。 「義眼技工士はそんなにいる訳じゃない。中でもあんな天才的な人は」 「私があの人と結ばれるなんてあり得ないでしょ。そんな心配はいらないわよ」 「だけど、師匠だって男だから。もしも君が…」 「やめて。あり得ないの」 イシアはかぶりを振った。
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