計測

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計測

ソムはドアを開けた。 「明日は眼窟の型を取るよ。ゆっくり休んでおいて」 そう言って家の中にイシアを入れてドアを閉めた。 早く立ち去りたかった。 そうでないと、自分の目からも涙が落ちてしまいそうだった。 張り裂けそうな心を隠してソムは森の中に入って行った。 初めてだ。 瞳を失った患者を何人も見て来たのに、こんなに悲しくなった事はない。 それで森を歩いて自分を癒していた。 イシアの悲しみが直接自分の胸に迫って来て、身を切られる思いだった。 本当は龍塚を見せて励ますつもりだった。 ほんの一時でも彼女に不安や辛さを忘れて欲しくて。 それなのに、彼女を悲しませてしまった。 彼女の悲しみを自分は少しも和らげてあげる事ができない。 もしも自分が彼女にピッタリの義眼を造る事ができたなら…。 彼女の心が少しでも晴れるような美しい義眼を。 その虹彩に彼女の瞳を描いて、その瞳孔と血管に命を吹き込み、光を通す事ができたなら。 イシアを見つめる彼の瞳孔も開いている。 それは彼女をどうしてもよく見つめたかったから。 その瞳孔が開く時、光が反射して、瞳はいつもより輝くのだ。 ソムの瞳からも涙が落ちた。 朝が来るとソウリュウの姉マーラが、たくさんの花束を抱えてイシアの元にやって来た。 「素敵でしょう。私が育てているのよ」 マーラは侍女のラウに適当な壺を持って来させた。 水を張った壺に花束を活けて、イシアの肩に手を置く。 「さあ、髪を結びましょう。今から型取りをするわよ」 マーラはイシアの髪を三つ編みにして紐で結んだ。 そのまま家を出て行くと、工房に向かう。 工房の入り口にはソムが立っていた。 イシアが彼に向かって手を伸ばす。 彼の肩を掴んだつもりだったけれど、それは見当違いで全く届いていなかった。 その手をソムが掴んだ。 「型取りは全然怖くないよ。痛くもないよ」 そう言って微笑んだ。 それにイシアは弱々しく頷いた。 工房に共に入って行く。 イシアの眼窟に樹脂を流し込み、その空洞を正確に計測する。 その樹脂を型にして義眼を製作する。 ソウリュウが彼女を見つめると、イシアの瞳孔は開いた。 その瞳が輝くのを見て、ソムはまた心を潰されたように感じる。 やっぱり、そうだ。 彼女は師匠を愛している。 それがわかった時の悲しみ。 それを止められない自分の不甲斐なさ。 なぜ俺ではダメなんだという思い。 二人を見ていられなくて、目を逸らした。 現実を直視する事はできなかった。 ソウリュウは義眼製作が生き甲斐だった。 イシアの開いた瞳を覗き込んで、その虹彩や瞳孔の色を見つめた。 それを細かく覚えて再現するため。 そうして覗き込むと、彼の瞳孔も開いて輝く。 その瞳に見つめられて、イシアは身動きができなくなった。 催眠術にかかったかのように、ソウリュウに囚われた。
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