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カマキリの結婚-1
ソムは工房の裏で、鎮静効果のある薬草を噛んだ。
イライラする。
嫉妬でハラワタが煮えくりかえっていた。
薬草を噛み砕いていると、なぜかそこにイシアの用心棒モーゼンがフラリとやって来た。
体の大きな男で、その細い目でソムに笑いかけた。
「フッ」
ソムを見て笑う。
まるでバカにしている目つきだった。
「お嬢様に入れ込んでも無駄だよ」
ソムは薬草を噛みながらモーゼンを睨む。
「お嬢様はなぁ、男を不幸にしかできない悪女なんだから。今までどれだけ男が不幸になって来たか…」
ソムは答えなかった。
「オレは今まで不幸になった奴しか見ていないぜ。悪い事は言わない。お嬢様には近付くな。これはアンタのためなんだから」
ペッと薬草を吐き出して、ソムはモーゼンから目を逸らした。
「男を不幸にする悪い女なんて、ゾクゾクするね。こんな退屈な森の中に住んでたら暇で仕方がない」
「ただの悪女じゃない。悪意なく男を不幸にするタチの悪さだ。あの眼だって、妻子ある男を虜にしてその妻に刺されたんだ」
「えっ?」
「兄ちゃん、遊びで近付いても無傷では済まないからやめておけ」
ソムは信じられない思いでモーゼンを見つめた。
「見た目に騙されるな。女は男を破滅させる生き物だ。涙に騙されるんじゃない」
「彼女が?」
「ああ。女は怖いぞ。とくに美しい女はな。そのうちあのお嬢様も誰かの生きた目玉を喰うに違いない。じきに誰かの目玉で自分の視力を取り戻すだろうよ」
そんな言い方をされると、視力を取り戻せる不思議な義眼が、悪魔の産物に思えてきた。
誰かの目玉を自分の目玉に移し替える悪魔の産物に。
無私の愛が光を再び取り戻すのではなく、人の愛と光を奪う物になりうるのか?
「ちょっと待ってくれ、彼女がそんな女性な訳ない」
モーゼンは腕を組んでソムを見つめた。
「カマキリの結婚って、知ってるか?」
「え、カマキリ?」
「カマキリはな、交尾の後メスはオスを喰っちまうんだってよ。
オスは悦んでメスにくっ付いて交尾するけど、その後は食料になっちまう。
卵を産むための栄養源だ。それって愛か?
オスはメスに喰われて愛を全うするべきなのか?
俺は嫌だなぁ、そんなの」
モーゼンの話を聞いていて、ソムは背筋に冷たいものが走った。
自分はイシアに心をすっかり奪われている。
それも本当にわずかな間に。
モーゼンの言う事が正しければ、自分もカマキリの結婚のように喰われてしまうのか?
美しい女に騙されて、餌になってしまうのだろうか?
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