【01】花屋の悲喜劇

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 しかし白百合は「私は新しい会社で一から挑戦してみたいので、これは先行投資です。経営が軌道に乗ったら、お給料を上げてくださいね」と超過勤務を(いと)うことなく、あらゆる雑務を含めて率先して動き、美森をサポートしてくれたのだ。  やがて「ベル()」の気品を感じさせる豪華なアレンジメントや、迅速かつ細やかなサービスを気に入った顧客たちが、自社の取引先や得意客を紹介してくれるという好循環が生まれていった。  そして現在、美森は多忙ながらも充実した日々を過ごしていた……はずだったのだが。 「あの、社長。もしかして霧谷様と喧嘩されたりは?」  ためらいがちに尋ねた白百合に対して、美森は力なく首を横に振った。 「ううん……今まで通り、電話で楽しく会話したのが最後だった」  美森が自分の落ち度を隠して、相手を悪者に仕立てる真似など出来ない人物であることは、白百合も知っている。  おそらく美森には、思い当たる節が本当に何もないのだろう。 「でも、霧谷さんって若い頃から、大物政治家の五十嵐(いがらし)議員に実力を認められて、ずっと秘書を続けてきたような優秀な人でしょ?だから恋愛ドラマみたいに、良家のお嬢さんとの縁談を勧められて、僕のことが邪魔になって、受信拒否(ブロック)しちゃったのかな?とか……」
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