217人が本棚に入れています
本棚に追加
/283ページ
【01】花屋の悲喜劇
一日の業務が終わり、大半の照明を落とした薄暗い空間に、テレビの音声だけが独り言のように流れている。
事務机に寄りかかったスーツ姿の青年の横顔は、テレビ画面の明るい光に照らされているものの、まったく内容は頭に入っていなかった。
裏表のない純粋な輝きで人々を魅了してきた瞳も、ぼんやりと焦点が定まっておらず、まるで魂が消えかけているように見える。
「社長。私の思い過ごしなら良いのですが、朝からお顔の色がよろしくないですね。なにか、ご心配事でも?」
遠慮がちに声をかけられた志塚美森は、社員が全員帰ったと思っていたため、驚きながら視線を向けた。
そこには白いブラウスと黒のタイトスカートが似合う、スタイル抜群の華やかな美女が立っていた。
「……白百合さん!もしかして僕が個人的な理由で落ち込んでるって察して、ふたりきりになる終業時間まで待っていてくれたの?」
「少々、気になってしまったもので。社長はビジネスになると大胆ですが、プライベートでは繊細な御方ですから」
と、白百合が微笑む。
ほどかれた彼女の長髪がフワリと揺れて、微かに花の香りがした。
ここにいるのが美森以外の者であれば、猛烈に彼女を意識してしまっただろう。
最初のコメントを投稿しよう!