【01】花屋の悲喜劇

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「気を遣ってくれてありがとう。実は……霧谷(きりたに)さんと連絡が一切とれなくなっちゃったんだ。電話もメッセージも突然、全部」 「えっ……!」  気が利く上に軽率に他言しない白百合は、この会社のトップである美森の片腕的存在で、公私に渡る良き相談相手でもあった。  そのため美森が顧客のひとり、議員秘書の霧谷有樹(きりたにゆうき)に告白されて、恋人として交際し始めたことを知っていたのだ。  柔和な童顔のため学生にも間違えられる美森は、外見こそ頼りないが、20代半ばにして業務用の贈答をメインとした、生花のアレンジメントフラワー専門店「ベル()」を起業した商才の持ち主である。  店頭販売は行わず、都心の一等地で人通りが少ない割安な場所を借りることで、コストパフォーマンスの向上を図りつつ、高級クラブや老舗百貨店、政治関係者などの急な依頼にも対応できるフットワークの軽さを実現し、他店との差別化に成功した。  もちろん起業してから軌道に乗せるまでの間は波乱の連続で、大きな経営の危機に直面したことも一度や二度ではない。  そのため白百合に対して「有名お嬢様大学を卒業し、海外留学も経験して英語が堪能なのだから、もっと安定した大手企業に転職したほうがいいのでは」と美森のほうから提案したこともある。
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