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小山の頂上にまします神社へ昇る石段は左右を木々に囲まれており、雲一つない晴天でもひんやりとしていた。あるいは神聖な場所特有の空気もあるのかもしれない。そう思えるくらい、空気は澄んで心が落ち着く一方で、どこかざわざわする気分にさせられる。
蝉の声が降る階段を青年は昇っていく。タクシーにいる間に汗が引いてシャツの灰色のシミが目立たなくなった背中を、敬陽は見上げながらついていく。
最後の段を踏んだ瞬間、目にガツンと衝撃が走った。手で目の上に庇をつくる。境内そのものが光り輝いているように見えた。
熱い日差しが直接降りてくるものの、風通しが良く爽やかだった。辺りは蝉の鳴き声と風の音だけがして、その他は瞑想中の静けさだ。
「ここには来たことあるんだよね?」
津彌の問いに頷く。
「去年の夏祭りで来ました」
「今年の初詣は?」
「別の神社に……」
国内で有名な社名を口にする。混んでたでしょうと津彌が言い、来年はこっちにしますと答える。
社は木造で、素の色を活かしており塗られた形跡はない。社自体も賽銭箱も年季は入っているが綺麗にされていて、大切にされているのがよくわかる。大きさは一分足らずで周りを一周できるほどだ。参道の右手にはプレハブをそれらしく改造した、お守りなどを授ける授与所と神職たちが控える社務所が併設されていた。
津彌は本殿に向かって一礼し、授与所兼社務所へ向かった。お守りが並ぶ窓口を過ぎて裏手に回り、扉を三回叩いた。
内側から椅子が動かされる気配がした。誰かが素早く立ち上がり、扉へと向かってくる。ドアノブに手がかけられる音がし、勢いよく開いた。
白衣に浅葱色の袴姿の青年が、津彌とばっちり目を合わせ、「津彌か!」とよく通る大きな声で言った。発音するときの口の動きがはっきりしているのが敬陽の彼に対する第一印象だ。
神職の彼はシャッターを切るように大きな瞬きをして津彌を見ている。
「久しぶりだな!」
「突然ごめん」
神職が大げさな動きで扉を全開にし、二人を社務所へ通す。
津彌は慣れた様子で回転椅子に腰かける。「こっちに座りな」と促されるままに敬陽も隣に座る。目の前の机にはパソコンがあった。
「その子は誰だ?」
神職が敬陽へかがみ込む。大声ではないのに神職の声は社務所中に響き、窓口から外へ漏れていてもおかしくはなかった。
彼ははっきりとした仕草や声に似合わずぼんやりとした顔をしていた。特別浅くも深くもない顔の彫りに、色白でも色黒でもない肌色で、街中を歩く知らない人々を見ているような印象だ。
津彌が代わって答える。
「昨日偶然会った子で、屋敷の奴らにそそのかされた」
「なんだって!」
神職は座るのも忘れ、敬陽の両肩をつかんだ。動作の割に痛くはなかった。
「君、大丈夫だったか?」
「は、い」
敬陽は戸惑いつつもこくこくと頷く。
神職は津彌に「どういうことだ」と聞いた。彼の目は大きく見開かれたままだ。
「とりあえず座って話そう」
津彌に言われて、神職は椅子に座りかけたが、気付いたように冷房の温度を下げ、冷たいお茶を用意してくれた。
「寒かったら言ってくれな」
やっと椅子に座った。
津彌は彼とは対照的に落ち着いた様子でお茶を口に含み、背もたれにもたれた。回転椅子で一回転する。
「じゃあ、最初から話すよ」
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