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どちらを
どうして昨日、津彌は屋敷から出てきたのか。
それは筒野岳の親と端山の親が戦った痕跡を探すためだ。
端山が「邪なもの」の子孫である証拠、それとスパイである筒野が敵地で奮闘した軌跡を手に入れれば、筒野岳は事実を知ることができる。
本家の嫡子である津彌は単身で屋敷に乗り込んだ。
歴代の筒野家によって端山の屋敷の内装は把握済みで、津彌は彼らの留守を狙って忍び込んだ。逃してはならないチャンスに飛びついたため、着流しに草履という動きづらい恰好となってしまったのは何とも惜しい。脱いだ草履を懐にしまい、箪笥やら畳の下やらを念入りに調べていった。
無謀に近い空き巣行為で得られた成果は、筒野家のアルバム一冊だ。それもポストカードを入れるためのアルバムで、懐や袂に余裕でしまえてしまう程度のちょっとしたものだ。中を検めると、岳とその両親が映った写真がほとんどで、数枚だけ、津彌の親と岳の親が一緒に写っている写真があった。
津彌はアルバムごと袂に落とし込み、次の部屋へと移動しようとする。それを待っていたかのように、すぐ後ろの廊下の床が軋んだ。
誰もいないはずなのにどうして。
津彌は息をひそめ、外の気配を窺う。襖の向こうで、きしきしと小さく歩く音がする。大柄な人物が立てるにはささやかすぎる足音だ。歩幅が小さいことから、小柄な老人といったところか。
端山の家には、家事をとりしきる老婆がいたはずだ。案の定、しわがれていながら可愛い響きを持つ声がこちらへ呼びかけてくる。
「澪汰さんかね」
津彌は答えない。
「誰かいると思ったんだけどねえ」
襖に手がかかる音がした。津彌は反射的に横の障子を開けた。
老婆が襖を開ける音に合わせて障子を閉じる。
「誰もいないねえ」
その声を背後に、津彌は縁側を細く開いて外へ出た。ガラガラと戸が鳴いたが気にしている暇などない。
立派な門を開いて屋敷から脱出する。
そのまま走り抜けるつもりだったのに、足元に少年がうずくまっているなんて誰が想像できただろうか。
少年の腕をつかみ、走り出す。
振り払われる気配がなく、ただ少年の足音だけがついてくる。
タクシーに乗せても彼はぼんやりとしていた。突然の出来事を処理しきれていないのだろう。
申し訳ないと思いながら、津彌は懐からぬくぬくと熱を持った草履を取り出して足の指に引っかけた。
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