どちらを

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 筋肉質な脚を枕にしていたにも関わらず、敬陽の心はふわふわと羽毛に包まれていた。  「そろそろ起きる?」  その言葉にガバリと起き上がり、「ごめんなさい」と顔を赤らめる。端山は笑って、氷の溶けたジュースのおかわりを筒野に命じた。  「暑いところから涼しいところに移動すると眠くなるよね」  そう言った本人も豪快なあくびを一つしてみせた。  「さて、敬陽君」  姿勢を正し、屋敷の主は小学生に向き直る。  「津彌と会ったのかな」  敬陽はこくんと頷く。もう目はすっきり冴えていた。  「何があったか、教えてくれないか」  口の中に空気を含み、丸めて転がす。視界には端山が、脳内には津彌が満ちている。それでは、心の中にはどちらが満ちているだろうか。  「敬陽君」  端山が腰をかがめて敬陽の顔と同じ高さに目を合わせた。眼差しは敬陽の口と鼻の穴にすうっと入り、食道を伝っていく。それは体内のどこかしらにある心に繋がる扉を開けて侵入してくる。体はそれに拒むことなく受け入れてしまう。  「私と津彌、どちらを信じるか、君が決めればいいんだ。津彌の味方をしたいのであれば、今後は一切この屋敷に呼ぶことはない。私も岳も敬陽君を巻き込むのはこれで最後にする。だからせめて、最後に何があったかだけを話してほしい。それについて君がどう思ったかは問題じゃない」  ありのままを話してほしい。端山は頭を床につけた。  考える前に、敬陽は彼の頭髪に触れていた。整髪料の固まった感触と本来の豊かな弾力が手の平を包み返そうとしてくる。やはり整髪料が足りていないらしく、手が触れたところから毛束がみょんと飛び出した。  端山はわずかに頭を上げたが、少年にいじらせるままにした。  敬陽は手を離し、一昨日屋敷を出てから津彌に会ったこと、そして何をしたか、何を聞いたかについて事細かに話した。  一昨日も端山たちに同じように話をした。今はそのときよりも流暢に話せている気がする。  神社を津彌と出たところまで話終えると、端山は敬陽に体を寄せ、抱きしめた。毛布を一枚間に挟んだような、優しい抱擁だった。  「ここまでよく付き合ってくれた。両者の間に挟まれて窮屈だったろう。本当にすまない」  形を整えられた岩のような男の背中に手を回す。筒野もそばに来て敬陽の頭を撫でた。  端山は続ける。  「ここからは君が選んで。私とも津彌とも関わらないで身を引くか。それとも津彌につくか。それとも」  みなまでは言わなかった。  端山の顔を見上げる。彼は既に少年の顔を見ていた。  みなまで言わなくてもわかっている。  「僕は……」
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