邪なもの

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邪なもの

 「邪なもの」は土地神が嫁を迎え、四代後の子孫が造った神社が村人たちにとってなくてはならない存在となった十数年後に村へ紛れ込んだ。  村人たちは、に気付くことはなかった。それは姿を見られることなく、地を這うようにまっすぐ神社へ向かっていく。  鳥居に張られた結界に突っ込み、頭をねじ込んで無理やり破り捨てる。石を積んで造られた階段を穢しながらずるずると這い昇っていく。頂上まで到達し、拝殿の前まで這ってきたそれは、緩慢な動きで身を起こした。境内を満たしていた神聖な空気が歪み、黒ずんでいく。参道の隙間に生えていた苔が朽ち、土塊のように腐った。  拝殿に入る扉を開け、不浄の存在は社の中へ侵入を果たした。  よそ者の侵入に為すすべもなく待っていたのは土地神の姿を模した陶芸品だ。土地神の姿といってもそれは人間と何ら変わりなく、俗世の人間より美しい顔の造りをしている他は大きな違いはなかった。ただ、そのご神体からは穢れを纏ったそれが怖気づくほどの強い気が放たれていた。  それはしばらくその場を動くことができないでいた。一歩踏み出せば身が歪んで(くずお)れていく。二歩近づけば黒々とした身が半透明に透ける。  しかしそれは退却することなく、身をぼろぼろにしながらもご神体を目指す。拝殿と繋がる本殿の奥へ行くほどに消滅が目の前に迫るが、消えることなくついに目的の陶芸品に触れた。  美しいご神体の首に絡みつく。首筋を吸い、頬を撫で、神聖なものに自らの不浄を移していく。白玉のようにつるりとした肌に黒い(ひび)が入った。老人の皺のように、乾いた土壌のように。  ご神体は大人の両手に載るほどの大きさで、中は空洞なので軽かった。落とせば割れること間違いなしの陶器の表面はみるみるうちに邪気によって浸食されていく。  しかし、それが完全にご神体を乗っ取るより前に、それの身の半分が砂を吹いたように散り散りになった。消滅しなかった半分はご神体に残る。  ご神体の放つ気が強くなっている。見えない光の筋が針山のように尖り、表面に付着したそれを成敗しにかかる。不浄のそれも邪気を強め、対抗する。  土地神と「邪なもの」の戦いは何日何夜と続き、両方力尽きたときにはご神体の右半分を「邪なもの」が、もう左半分を土地神が占める形となっていた。   その後も何度も果し合いをしたが、決着はつかず、いつも互いに半分ずつを守ることしかできないのであった。  土地神と「邪なもの」の争いを村の人々が知ることはついぞなかった。
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