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聖か邪か
ショッピングモールの喫茶店は高校生から年配者の寄り合いまで様々な層で満員になっており、飛び交う言葉が靄のように店内を漂っている。
幅広い客層でも青年と小学生の組み合わせは珍しく、また青年の整った顔とたたずまいに周りからの視線が集まる。
自分へ向けられた熱い視線を無視し、津彌は敬陽の話を聞いていた。威圧感もなければ下手に出る態度も取らないが、嘘は許されないだろうと敬陽は観念していた。
昨日津彌と別れた後のことから今日の昼までの出来事を全て打ち明けた。冷やし中華や鯉の餌のことまで細かく説明し、津彌はそれを真剣に聞いていた。
一通りの話を聞くと、津彌は「ごめんね」と謝った。彼には謝られてばかりだ。
「あの、本当なんですか? 神様とか……鬼とか、悪魔とか」
津彌はしばらく黙っていたが、やがて頷き、次いで首を振った。
「伝説については本当。だけど、端山は神様の子孫でもないし、俺は邪なものでもない。逆なんだ」
二人はどちらもオレンジジュースを頼んでいた。冷房の効いた室内なので氷はしばらく溶けそうにない。冷たいままのジュースを一口飲み、敬陽は首を傾げた。
「逆って」
「俺が土地神様の子孫で、端山が邪なもの、の子孫。端山の一族は昔から土地神に成りすましてご神体を支配していた」
敬陽の頭が痛みだした。粘土をぎゅうぎゅうに詰められたような圧迫感がする。
端山の言っていたことと違う。彼の話と津彌の主張では、登場人物がまるで反対なのだ。
「筒野さんも違うんですか?」
「岳さんは違わない。彼女は土地神の親族の子孫だよ。だけど、端山を土地神の子孫だと信じている」
「じゃあ、津彌さんと筒野さんは親戚……?」
「そうだね。神様の血を引いているかはともかく、岳さんと俺が親戚同士なのは確かだよ。彼女は端山の親戚だと思ってるけど。……岳さんの親が亡くなってから、俺の家と岳さんとの繋がりが切れちゃったから、本当のことを教えることができないんだ」
敬陽は何も言わなかった。何を言えばいいのかわからないのだ。もう、誰がどういった関係で、何の事情を抱えているのか、そして誰の話を信じればいいのかわからない。質問しようにもどう聞けばいいのかすら思いつかない。
それを察してか、津彌は立ち上がった。
「今、時間あるかな?」
時刻は二時を過ぎて間もない。門限を考えても、敬陽には充分時間があった。
会計を済ませた津彌の後についていく。誰かにつけられていないかと心配する少年に対し、「今日俺がここにいるとは向こうも思ってないだろうから」と気にする様子がない。
「それに、君は俺を逃がすふりをして屋敷の奴らに受け渡す役なんでしょ? そんなところに追いかけてきたら計画が台無しじゃないか」
だから今ここには屋敷の連中はいないはずだよと呑気とも取れる態度で言う。
駅前のロータリーでタクシーに乗り、津彌は神社の名前を口にした。タクシーが発進し、ふうと息をついて背もたれに寄りかかる。
「ご神体のことですか?」
聞くと、そうだ、と津彌は頷いた。
「もっとも、そこに土地神様のご神体はないけどね、ずっと前から」
どういうことだろう、と聞き返そうとしたが、青年が眠そうに目を閉じたのに目を奪われ、口が半開きのまま止まった。
閉じられたまぶたの縁で長いまつ毛の上下が重なり合う。端山の上向きのまつ毛とは対照的な下向きのそれは、風のない夜の雨のようにまっすぐで黒かった。
もし津彌が神様の子孫だったら。
それならば自分は彼を守ろう。
では、彼が「邪なもの」だったら?
敬陽は隣に座って目を閉じている、聖とも邪とも取れる「美」の化身をじっと見て、考えた。
もし津彌が「邪なもの」の子孫で、神々から追われているならば。
――取り憑かれてしまうのも悪くないかもしれない。
青年が目を開けた。少年の目に気付くと、弱々しいながら優しさにあふれた笑みを浮かべる。
タクシーは町の鎮守へと向かっていく。
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