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母親の声を聞いて、私は思い切って扉に足を踏み入れた。扉は私を中へ引きこみ、そのまま閉じてしまった。そしてそのまま扉は部屋から消滅した。
私の部屋は部屋の主がいない以外、元の部屋の状態となった。
扉の中は真っ暗で、下に落ちているという感覚しかわからない。下へ下へ落ちながらも意識はしっかりと保たれていた。真っ暗闇で何も見えない状態が一分ほど続いたが、唐突に明るくなる。
「まぶし!」
急に明るくなったと思ったら、私は扉を抜けてどこかの森の中に放り出された。後ろを振り返ると、扉がたたずんでいたが、すぐに扉は消滅した。扉がなくなったということは、しばらくの間、扉が案内したこの場所で過ごせということだろうか。
辺りを見わたすと、日本の森とは違うことに気づく。日本の森よりも木がうっそうとしていて、薄暗かった。森の真ん中の開けた場所に放り出されたが、これからどうしようか。
(もしかしたら、魔物とかやばい生き物がいたりして……)
だとしたら、今のままだとすぐにやられてしまう。武器になるようなものはもっていない。部屋着のTシャツにジャージという格好の私に何ができるというのか。ジャージのポケットを探ってみるが、そこには何も入っていない。スマホは部屋の机の上に置きっぱなしで連絡を取ることも出来ない。いや、持っていたとしてもこんな場所でスマホが使えるとは思えない。
いきなり、絶体絶命のピンチに立たされてしまった。
※※
「グルルルル」
一人で森の放り出された不安と恐怖でその場に座り込んでいると、さっそくやばい状況がおとずれる。私のにおいに誘われてきたのか、いつの間にか私を取り囲むように4匹の狼のような動物が迫っていた。「ような」と付けたのは、その生き物たちの額の中央に角みたいなものが生えていたからだ。
角が生えた狼など今まで物語の中でしか見たことがない。やはり、ここは地球ではない異世界なのだ。
「さすがに、狼みたいな生き物にやられて死ぬとか、ないよね」
そんなあっけない最期を迎えたくはない。しかし、それを回避する方法が思いつかない。物語だと誰かが助けに来てくれることが多いのだが。
「お兄ちゃん……」
こんなとき、兄ならどんな行動をとるだろう。ふと、兄のことが頭をよぎった。異世界好きの兄がこの状況に追い込まれたら。
(現実逃避もいいところだよね。死ぬ前に考えることがお兄ちゃんのことなんて)
私は案外、兄のことが好きだったみたいだ。狼のような生き物に対して何もできない私は、お兄ちゃんのことを思い出して、目を閉じた。
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