1.和真

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1.和真

(かず)()は人通りの少ないベンチで一人お弁当を食べていたが、賑やかな声が聞こえてきて視線をそちらにやった。  五人ほどの男女の集団で、楽しそうに笑っている。派手というほどではないが、お洒落で容姿も良く目を引く集団だ。  和真が彼らに気がついたのは、その中に知った声があったからだ。低くて心地よい、落ち着いた声。決して大きい声ではないが、まるで犬が飼い主の匂いを嗅ぎ分けるように無意識にその姿を追ってしまっていた。 「和真!」  あちらも和真に気がついたようで、ニコッと笑うと駆け寄ってきた。男なら憧れるだろう長身に筋肉質の体躯。女性ならほとんどが見惚れるだろう、男らしいが、優しくて甘いという表現がぴったりの顔をしている。 「昼飯?」  ベンチの隣に座ると、弁当箱を覗き込んでくる。弁当の中身はサラダチキンと玄米が少しだけ。あとはゆでた野菜だ。見られるのが恥ずかしくて、とっさに蓋を閉めた。 「おーい、啓吾」  友人が啓吾の名前を喚ぶと、啓吾は手を上げる。 「ごめん。俺今日は別で食べるわ」 「えー」  女性の一人が口をとがらせ頬膨らませる。啓吾の彼女の奈那だ。編み込みされた茶色の髪の毛が似合っていて、とても愛らしい。啓吾と付き合うと知って、泣いた男は多いだろう。 「これからご飯? 行ったほうがいいんじゃないか」  和真が言うと、啓吾は首を傾げた後首を振る。 「別に飯なんて俺いなくても平気だろ。和真は最近ここで飯食ってんの?」 「いや、特には決まってないけど」 「学食で食えばいいじゃん」 「お弁当だし、人が沢山いるところは落ち着かないから……って何回も言ってるのに」 「じゃあ、俺と食おうよ」 「え?」 「俺も和真と食いたいし。せっかく同じ大学なのに、なかなか会えないしさ」  友達いないんだろ、とは言わないのが啓吾らしい優しさだ。大学入ってから何度目かの誘いに、しかし和真は首を振った。 「一人でいたいから」 「またフラれた」  がっくりと肩を落とす様子に内心で喜んでしまう。啓吾にとっては他愛のない、世間話のようなやりとりだろうが、それでも気にかけてくれるのは嬉しい。  啓吾とはなんだかんだで、もう十年以上の付き合いだ。高校が一緒なのも驚いたが、大学まで一緒というのは奇跡に近いだろう。それは啓吾が努力家だからというのもある。  中学の時は同じくらいの学力だったが、高校で啓吾の成績はどんどんと落ちていった。高校二年生の時に啓吾の母親と弟が亡くなったというのもあるのだろう。それでも、高校三年生になると成績を伸ばし、和真と同じ大学に入学した。そういうところを、和真は心から尊敬していた。  高校生になってから同じグループにいることはなかったが、それでも二人で遊んだりすることは多かった。はたから見れば不思議な組み合わせだっただろう。快活で顔面偏差値が高く人好きする啓吾と、一人を好むコミュ障で容姿のさえない男ではそう思われても仕方がない。それでもお互いが気の置けない、かけがえのない友人だった。  それも、高校二年生までは、だが。 
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