夏を好きになってください

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「明石君。補講サボってるって本当?」 「えー、あっと。バレちゃいました?」  へらへらと口角を上げて見せているものの、自分の身体じゃないみたいに力んでしまって、上手く形作れている気がしない。  受験生である先輩の特別講習の休憩時間に合わせて祠に来ていた。  当然俺の休憩時間とはズレていたけれど、先輩と話せる絶好の機会を前に補講なんてゴミも同然で。俺の中で天秤を傾ける方なんて決まっていて。  でもそれは、真面目な先輩には受け入れられないものだということも理解していた。  だからずっと隠していた。  隠し続けていたかった。  卑怯で馬鹿げたごまかしで得た時間は、こんなにもあっさりと終わりを告げる。 「補講受けなきゃ留年するよ」 「まぁ、そうなんですけど。あんまり勉強好きじゃなくて」  言い訳でしかない軽い言葉を舌の上に乗せる。視界に友達に誘われて染めたばかりの茶髪が落ちてきて、その時初めて自分が俯いていることに気付いた。  情けない。かっこ悪い。  …………先輩は幻滅しただろうか。 「私と同じだ」  返ってきた言葉は想像していたよりはるかに柔らかい。思わず顔を上げて先輩を見れば、困っているようにも恥ずかしそうにも見える顔をしていた。 「私も勉強はあんまり好きじゃないの。でも将来困るって皆言うから、言うこと聞いておこう、みたいな。…………明石君のやってることは、駄目な事だけど、私は自分を突き通せるのってすごいと思う」  でも補講は受けた方が良いと思うよ。と小さく付け加えた先輩に、勝手に背中を押された気分になった。 「……補講、明日からちゃんと受けます。……だから明日からも俺とここで話してくれませんか」  自分勝手だと理解しているけれど、この時間を俺はまだ手放したくはない。 「良いよ。私も明石君と話すの楽しいし」  蝉の声がうるさいのか、心臓の音がうるさいのか分からなかった。ただ、この異常に熱くなった顔は、身体にまとわりつくような熱気のせいだと言い訳がましく並べておかないとどうにかなってしまいそうで。  ばくばくと高鳴る胸を抑える俺を不思議そうに見ていた黒い瞳が、あっさりと人影が映った窓の方へと向けられる。  生徒会長の冴島千晶(さえじまちあき)。  多分、というより間違いなく。先輩の好きな人だ。男の俺から見ても綺麗だと思う顔に、アンニュイな雰囲気が漂う男。いじめ撲滅を声高々に言い放っても笑われない、地位と権力と人気を持っている男。  俺とは立場も何もかも違う。  会長の姿が見えなくなれば、先輩の黒い瞳はまた俺を映す。さっきまでそれだけで満足だったのに、今は心臓の根っこで靄みたいなものがくすぶっていた。 「……あ、ごめんね。何だっけ」 「……何でしたっけ」  先輩の柔らかい声が首を絞める。黒い瞳の中に俺じゃない男の姿が見える。 苦しい。悔しい。  ただ片想いに浸っていたこの前までの方が幸せだったと思えてしまうくらい、鈍い痛みに襲われている。  ぶちりと無意識に掴んでいたシロツメクサが抜けた。  姉さんが一時期ハマって、聞いてもないのに話してきた花言葉。シロツメクサの花言葉は確か、『私を想って』だった気がする。  今の俺にぴったりだと近場に生えているシロツメクサを引っこ抜いて、記憶を頼りに輪を作る。久しぶりに作ったから形は歪だけど。 「先輩、これあげる」  不器用な姉さんに何度も何度も作らされた花冠が、こんな所で役に立つとは思わなかった。 「えっ凄い! 明石君、器用だね」 「でしょー」  先輩、生徒会長じゃなくて。どうか俺を想って。  花言葉なんて知らずに、先輩は楽しそうに笑っている。
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