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「先輩ってどの季節が好き? ……俺は、冬が一番好きなんですけど」
昨日よりも上手く作れるようにとネットで調べたやり方で丁寧にシロツメクサを編み込みながら、届かない好きをこぼす。先輩がどんな反応をするのかを伺いながら、シロツメクサを一本抜いた。
白い指先が桜色の唇を滑って行く様を目が勝手に追って、慌てて逸らす。からかうように笑う蝉が鬱陶しい。
「えーなんだろ。……あんまり考えたことなかったけど、しいて言うなら秋、かなぁ。過ごしやすいし、もみじ綺麗だし」
思わず力を込めてしまった指の間で茎が潰れて草特有の臭いが鼻についた。くたりと力をなくしたシロツメクサは自分を見ているみたいで虚しくなる。
先輩の好きな人の名前に『あき』が入っていなければ、別の季節が先輩の口から出ただろうか。いつの間にか下がっていた口角をくっと上げて笑う。
「……そこは夏が好きって言ってくださいよ~! 夏だって良い所いっぱいあるんですから」
おちゃらけた声を作ってみたものの、どこか上滑りしている気がしてならなかった。頭の下がったシロツメクサを捨てられなくて、慎重に花冠の一部にしていく。
「夏も良い季節だと思ってるよ? 個人的に秋が好きってだけ」
「じゃあ、先輩に一番好きな季節は夏だって言わせてみせます」
「……それはいいけど、明石君の好きな季節冬じゃなかった?」
「俺は良いんですぅ」
子供じみた嫉妬だと分かっていても止められないのは、恋愛がそういうモノなのか。
それとも俺が子供っぽいだけなのか。できれば前者であって欲しい。
「……あ、夏と言えば炭酸じゃないですか! 先輩も飲みます?」
時間が経って水滴に濡れたペットボトルを差し出す。まだ完全にぬるくなっていないだろうと目を瞬きさせる先輩の手に乗せる。
「せっかくだし貰おうかな」
細い指がキャップを捻り、薄桃色の唇とその奥の赤い舌にまた目がいった。暑さとは違う汗が噴き出て、心拍数が上がる。
別に意図してやったわけではないし、クラスメイトとはよくやっているし、なんて脳内で言い訳を並べながら花冠へと視線を落とす。頬が熱い。喉が渇く。
「久しぶりに炭酸飲んだけど、美味しいね。ごちそうさま」
「いやいや、これで少しでも夏の好感度がアップしたら嬉しいですから」
早口でまくしたて、喉の渇きに誘われるままペットボトルに口を付けて。吹き出しそうになった炭酸を意地で飲み込む。
ばちばちと弾けながら喉を滑り落ちていく炭酸の泡一つ一つが全部心臓になったみたいだった。
常温に近いはずのものが熱を帯びて腹の底に落ちていく。馴染みのあるはずの飲み物が全く別の物のような気さえする。
オコサマだと馬鹿にする蝉の笑い声が余計に身体の熱を上げた。
「どうかした?」
「……あ、いや。炭酸がちょっと変なとこ入っちゃって」
「あー私もやっちゃう。結構苦しいよね」
「ほんと、焦っちゃいますよね」
袖で、額を滑る汗を拭う。
それでも止まらない汗と一緒に、不純で報われない気持ちも流れ落ちてくれればよかったのに。
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