夏を好きになってください

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「先輩は何で、その人のこと好きになったんですか」  焼き尽くそうとしてくる太陽が今日は分厚い雲に覆われている。だからといって暑さが緩和されることはなく、肌にまとわりついてくる空気が不快感だけをしっかり残していた。 「……んー、かっこよかったから、かな」 「顔が?」 「顔もかっこいいけど、生き様? いじめ撲滅とか大きい声で言えるのって、凄いと思ったの。中高生ってさ、真面目とか一生懸命とかって言葉、馬鹿にされたりすることも結構あるでしょ? ……だから、そう言う自分の意思を持って進んでいけるのってかっこいいなって。私は、諦めちゃったから」  小さい唇から丁寧に零される、俺じゃない男の話一つ一つが、胸に爪をたてていく。時間が経てば消えてしまう浅い傷は、痛みよりも苦しみを刻んできた。  どうせなら、逃げ出したくなるような深い傷をつけてくれればいいのに。泣き喚いてしまえるくらい、鋭い痛みを与えてくれたのならいいのに。そしたら仕方がないなって諦めることもできたかもしれない。  ……かっこいい生徒会長なら、どうしただろう。  俺みたいに諦める理由を探しながら、隣に居たいと無様に手を伸ばしていたらいい。届かない想いを煮詰めながら、独りで嘆いていればいい。そんな最低なことを考える自分が心底嫌いだ。 「明石君は? どうしてその人のこと好きになったの?」 「……俺は、たまたまその人を見かけて。……一目惚れ、的な感じ」 「おぉ、高校生っぽい。そんなに可愛かったんだ」 「なんて言うか、綺麗だったんです。周りがふざけて騒いでいるのに、その人の周りだけが静かで」  弓を構えた姿から目が離せなかった。的を見据える瞳から目が逸らせなかった。雑音だらけの空間の中で、先輩の周りだけが別世界にでもなったような静寂があった。  白銀の雪景色とその中で凛と咲く花のようだと。らしくもないことが思考から飛び出してくるくらい、強く惹かれたのだ。 「……俺、どちらかと言えば人の顔色伺って立ち回るタイプなんですよ。友達は多いけど、親友はそんなにいない、みたいな。だからですかね。自分だけで世界を作ってるその人が眩しかった」 「ふふ、私たちってお互い好きな人にない物ねだりしてるね。こんな所もお揃いだ」  あぁ、確かにと納得してしまう。  自分の中で世界を構築することは出来ても、外と上手く繋がれない先輩と。 外と繋がることは出来ても、自分の世界を持っていない俺。 「これも複雑なお揃いってやつですね。……あ、そうだ先輩。俺が次の補講のテストで良い点とったら、二十四日の夏祭り一緒に行ってくれませんか? やっぱり夏って言ったら祭りですし、好きになってもらうにはもってこいのイベントだと思うんですよねぇ」  完成度の上がった花冠を先輩に渡しながら何気ない風を装って提案してみているものの、心臓の音が蝉と競うように鼓膜を叩く。  気を紛らわせたくてここ数日毎日飲んでいる炭酸を開けて飲み込んでみても、喉の渇きはしつこく居座ったまま。 「うん。一緒に行こうか」 「……え、良いんですか」  聞いたのは自分なのに、まさか本当に行って貰えるとは思ってなくて、戸惑ってしまう。 「受験生だからってずーっと勉強するわけじゃないし、たまには息抜きだって必要でしょ? それに明石君と話すの楽しいし好きだから」 「……あ、ありがとうございます」  先輩に他意はないと分かっているのに一々舞い上がる自分が憎いけれど、こればっかりは思わせぶりなことを言う先輩も悪い。  身体の中を暴れまわる熱を逃がしたくて、べたつく空気の中に細く長く息を吐き出した。
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