夏を好きになってください

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「……だからってさすがに早く着きすぎたよなぁ」  いつもの倍以上かけてセットした髪と悩みに悩んで選んだ服。夏祭りはあまり行かないという先輩にどうやって楽しんで貰えるのか、悩みに悩んで考えた何種類ものプラン。  緊張しすぎだし気合入れすぎてダサい自覚はあったけれど、今日で最後だと思うと必死にもなるし緊張もする。  ……まぁ、だからと言って待ち合わせ時間の一時間前に着いたのは我ながら馬鹿だとは思うけど。  ずっとこの場所を陣取って変に注目を浴びたくはないし、近くの神社で今日が上手くいきますようにと念入りに願い、ついでに恋愛成就のお守りも買っておく。  薄ピンク色のお守りをポケットの中に突っ込んで、適当に境内をぶらついてから、待ち合わせ場所でおかしな所はないかこれまた念入りに確認する。  待ち合わせまで、あと十五分。  嬉しそうに親らしき人達と手を繋いで歩く子供。お揃いの着物を着て楽しそうにはしゃぐ女子達。のんびりと和やかな雰囲気で歩いていく老夫婦。気恥ずかしそうに頬を染めて歩いているカップル。  人が行きかうたびに、まるで海みたいに幸せな空気が波打っているのを眺める。 「お兄さん! お兄さんってば!」  弾んだ声が真横から聞こえて、道行く人たちから視線を下げた。 「やぁっと気付いてくれた! お兄さん一人ですか?」 「あーいや、……先輩、と待ち合わせしてて」 「えっ! じゃあその先輩も一緒に回りましょうよ!」 「……それはちょっと」  はっきりとした名前の付かない関係がこんな所でも俺を苛む。  学年も違うし部活も違う。クラスメイトになることも、部活仲間になることもできない。友達と呼ぶには浅い関係で、ただの同じ学校の人と呼ぶには交流がある。  曖昧で希薄で、夏休みが終われば消えてしまう関係。明日には終わってしまう関係だ。  ぼとりと蝉が足元に落ちてきて、きらきらしたメイクの女の子たちが悲鳴を上げた。周りの人も距離を取りながら嫌悪感に顔を歪ませるが、瞬きする頃にはもう蝉なんていなかったかのように通り過ぎていく。  多くの人が避けてできた空間。その中心でばたばたと手足を振り回しながら、必死に鳴いて存在を主張している。  ……確か蝉って、土の中にいる時間の方が長いんだっけ。  成虫になってやっと自由に外を飛び回れても、あっという間に死んでしまうのだと先生が補講か何かで言っていた気がする。 「……俺とそっくりだな」  必死にやっても見向きもされないところも憎たらしい程そっくりだ。  日を浴びられる時間が短い蝉と先輩の隣に居られる時間が短い俺。『複雑なお揃いだね』と笑う先輩を思い出した。
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