夏を好きになってください

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「あの、お兄さん、」 「ごめん! お待たせ!!」  喧騒の中でも先輩の声を耳が拾う。人混みの中でも先輩の姿を見つけられる。惨めでダサくて、報われないものだと分かっているけれど。それでも捨てるには大きくて、熱を持ちすぎてしまったから。まだ生きていたいと泣き叫んでいた蝉と同じで、俺もまだこの想いを終わらせたくない。 「……俺もさっき来たばっかりですから気にしないで下さい。それと先輩、浴衣凄く似合ってます」 「ほんと? 嬉しい」  ほんの少し頬を赤らめて笑う先輩に心拍数が急上昇して手汗が滲む。 「ほんとですって。俺も浴衣来てくればよかった~」 「じゃあ、今度は浴衣で行こう」  いつもより赤みがかって艶のある唇からこぼれる、羽より軽い『今度』にさえ浮かれてしまう。本当に『今度』があるかもしれないと期待してしまう。でもその喜びは、視界の端に映りこんだ腕を組んで歩くカップルと自分たちとの差を目の当たりにして萎んで消えた。 「……その時は柄もお揃いにしちゃいましょうよ。花火とか良くないですか?」  いつもと同じように話を合わせて無理やり口角を上げる。  あんまり明るくなくて良かった。今きっと、ちゃんと笑えていないから。 「それもいいね。明石君、花火すごく合いそう」 「先輩の方が似合いますって。今日の花柄もすごく可愛いですけどね!」 「ふふ、ありがとう」  綻ぶように笑う先輩を目に焼き付け華奢な背を押しかけて、思い出す。 「そういうことなので、すみません」  呆けた顔でこちらを見る二人組に今度こそ背を向けた。 「さっ、夏祭り満喫しましょう!! 先輩食べたいものとかやりたいこととかあったら、どんどんリクエストしてくださいね!」 「んー、綿菓子とりんご飴は食べたいな」  細い指が真っすぐに近くの綿菓子の屋台に向けられる。キャラクターがでかでかとプリントされた袋がぶら下がる屋台の周りには、楽しそうに笑う子供が群がっていた。 「甘いものばっかりじゃないですか。因みに俺は杏子飴とかき氷が食べたいです」 「明石君も甘いものばっかりじゃん」 「先輩が甘いものの話しするから食べたくなっちゃいました」 「なにそれ! じゃあ、焼きそば食べよ。それかたこ焼き」 「イカ焼きも追加で。あれ癖になるんですよねぇ」  軽口を叩きながら、子供に混ざって列に並ぶ。  俺も小さい頃はかっこいい戦隊ものの綿菓子が欲しくて、親によくねだっていた気がする。結局子供に綿菓子の袋は大きくて、持て余したあげく親に持たせていた。その上次はお面やらきらきら光る棒とかが欲しいと何度もねだって、買って貰って。 「……懐かしー」  今では何であんなプラスチックでできた安っぽいお面が欲しかったのか分からないし、光る棒なんて祭りが終われば二度と使わなかった。それでも子供の時は宝物を手に入れた気分で、見る物も触れる物も、全てが輝いていたのだ。 「並んでるだけでも楽しいね」 「ですよね!」  今もあの頃と同じように、目に映る全てが世界が輝いて見える。
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