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「水ヨーヨー取るのがあんなに難しいとは思わなかった」
不満そうに指に引っかけた水ヨーヨーを揺らす先輩は珍しく子供っぽくて、見ていて楽しい。
「はは、先輩めちゃくちゃ下手でしたもんね。結局オマケで貰ってましたし」
「明石君は屋台の人がびっくりするくらい大量に取ってたよね。あれがどうして切れないのか不思議でしょうがない」
半透明の青色の中で水が揺らめいて、その度に少し離れた屋台の光を吸い込んでは、先輩の浴衣に模様を作る。
波打ち際みたいな模様が少しずつ形を変えていくのを見ていると、あぁ一緒に海行ってみたかったな、とか。学校帰りにアイス買って食べてみたかったな、とか。全然ルール分かんないけど、甲子園観に行ってみたかったな、とか。
夏を好きになってもらうだなんて大口叩いて、結局大したことはできないまま。あれやりたかった、これやりたかったと、最終日になって欲望がシミみたいに浮き上がって消えてくれない。
「あれ? 風原ちゃん?」
「あ、風原さん」
「……橘さんたちもお祭り来てたんだね」
親しそうに名前を呼んで近付いてきた見知らぬ長身の女の人と筋肉質なのに童顔な男。
「……知り合いですか?」
「うん。友達なの」
名前のある関係が羨ましくて。先輩と並んだ姿がしっくりくることが悔しくて。幼稚なことを考えてしまう自分に腹が立つ。
「……そう言えばかき氷まだ食べてなかったので買ってきますね。先輩たちも食べます? 俺買ってきますよ」
「私たちはさっき食べたから大丈夫だよ。ちなみにあそこにあるオムそば近くのかき氷屋さんがオススメかな」
「まじですか! さっそくその屋台行ってきます! 先輩はどうします?」
「ブルーハワイお願いしても良い? あ、待って、今お金払うね」
どうやっても越えられない一歳という壁。
友達と話している先輩を見ていると余計に実感させられる。それに先輩が好きな会長は高校生とは思えないくらい大人っぽい雰囲気の人だ。
「……お金は要らないですよ。今日付き合ってくれたお礼させてください」
「……じゃあ、今日は甘えちゃおうかな」
「どうぞどうぞ。甘えちゃってください」
先輩の前で少しでもかっこつけられたらって考えている時点で、会長とは程遠いのかもしれないけど。友達と浅い付き合いをして、へらへら笑っているだけの俺はこの先ずっと、会長には敵わないのかもしれないけど。それでもやっぱり好きな人にはかっこよく見られたい。
「じゃあ買ってきますね~!」
「はーい。お願いします」
砂がスニーカーの溝に挟まって、歩く度に嫌な引っかかりを残していく。夏祭りを盛り上げている熱気が、身体の中の熱を根こそぎかっさらっていく。
腹の底に残ったのは、こびり付いた嫉妬と劣等感だけ。真っ黒な感情を主張するように叫ぶ声は蝉の泣き喚く声に似ていた。
「おじさーん。ブルーハワイとイチゴそれぞれ一個ずつ、シロップたっぷりでお願いしまーす!!」
「おっ! 兄ちゃん男前だな! もしかして彼女と来てんのかぁ!?」
「まだ俺の片想いでーす」
「そりゃあ頑張んなきゃだな兄ちゃん!! 特別に大盛にしてやるから頑張れよっ!!」
豪快に笑ったいかつめのおじさんにお金を渡し、「頑張りまーす」なんて調子の良いことを口にしてへらへら笑って見せた。
頑張る。頑張る。口内で転がして、噛み砕く。
カップ越しに触れる氷の温度が今の俺には痛かった。
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