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吐き出されたカラフルな光が放物線を描いていく。
穴場だけあって他に誰もいない、先輩と俺の二人だけの空間は、火が爆ぜる音と独特の煙のにおいに満ちていた。
数歩先の土へと落ちていく火花は、一瞬だけ跳ねてあっさりと夜に呑まれていく。
一際派手に輝いた花火が沈黙すれば辺りの暗さが際立った。
「……花火って綺麗だけど儚いよね」
「あー確かに、ちょっと寂しくなりますよね」
新しい花火を取ろうとして、残りが線香花火しかないことに気付く。先輩も気付いたのか、ちょっと残念そうに線香花火を手に取った。
「もうちょっと買っておけば良かったね。……あ、そうだ明石君。せっかくだから勝負しようよ。多く勝った方がお願い事一つできるってどう?」
「いいですね! 言っておきますけど、俺勝ちに行きますから!」
細い線香花火の一つを先輩に手渡し、同時に火を付けた。
火の玉がゆっくりと膨らんでぱちぱちと音をたてる。最初は静かに、次第に大きくなる火花が暗闇に広がって、広がって。ぷつり、と落ちて消えた。
「あっ、」
「ふふ、一回戦は私の勝ちだね。じゃあ次!」
同時に火をつける。極力動かさないように、慎重に細い持ち手を摘まむ。指先に伝わるじりじりとした振動が、この時間の終わりまでのカウントダウンみたいだった。
結局一度も勝てないまま、最後の一つになってしまう。
「俺の完敗です先輩。最後の一本は先輩がやってくれませんか?」
「……いいの?」
だってこれが落ちれば先輩との時間が終わってしまうから。
夏休みが終わってしまえば先輩が祠に来ることもなくなるし、三年生の先輩に気軽に会いに行けるわけもない。
「もちろん。むしろ先輩にやって欲しいです。ほら、俺すぐに落としちゃいますから」
「じゃあ、お言葉に甘えてやらせてもらおうかな」
色付いた爪先で摘ままれた線香花火の先端に火をつける。
小さかったつぼみが少しずつ膨らんで花を咲かせるのも。その花が先輩の瞳に写し取られているのも、ずっと見ていたい。
「……先輩。夏のこと、好きになってくれました?」
この短い時間じゃできることなんてほとんどなかったけれど、ほんの少しくらい先輩に好きになって貰えたら。
あぁでも、もう少し。ほんの少しでもいいから先輩の隣に居られたら良かったのに。
ぱちぱちと大きく弾けた線香花火は、俺の願いなんて関係ないとでも言わんばかりに、小さな火花を散らしながら、宙を踊って土の上に崩れた。
小さな光源がなくなって、俺達の周りが暗くなる。遠ざかっていた蝉の声がタイムリミットを叫ぶ。
「……終わっちゃいましたね」
名残惜しいと声に滲んでしまって、でもそれを取り繕う気にもなれなくて。片付けなきゃいけないのに、身体は全く動かない。
夜の匂いに混ざる花火特有の残り香が吹き付けた風によって押し流されていく。
「……あー、片付けましょうか」
先輩は受験生だ。これ以上俺のわがままに付き合わせたら駄目だと、やけに重い指先で冷えて固まった花火の残骸を摘まんだ。
指と指の間でバラバラになったわずかに熱の残る塊が、まるで自分の恋心の残骸みたいで笑えるのに、口角がみっともなく震えた。
初恋は叶わないというのはやっぱり──。
「明石君!!」
暗い中でも浮かび上がる白い手が俺の腕を掴む。そのまま忙しなく視線を動かしたかと思えば、あの時惹かれた瞳が俺を射抜いた。
「……好きになったの! 夏!!」
それは良かったですと、舌に乗せかけた言葉は、赤らんだ先輩の頬を見てどこかへ転がり落ちていく。
……耳元で聞こえるのは蝉の歓声だろうか、それとも心臓の音だろうか。口の中が一気に乾いて、身体中の熱が上がる。
消えたはずの花火が、ばちばちと先輩の瞳の中で輝いていた。
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