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「生憎だが、貴殿の言うきょうだいと吾の面識あるきょうだいらは、名前が同じだけの別者であったと聞いているがねぇ……」
大切なもの、守りたいものなんか何もないパーシェルと違って、他の神竜の方々はお互いの守りたいもののため戦っておられました。残念なことにその戦いで次々と、命を散らしてしまわれたっす。ノア様とごきょうだい、パーシェルはその中で数少ない生存者なのです。
「ところで、先刻から気になっていたのだが。ノア君、そちらのお連れ様は?」
柄にもなくそわそわした調子で、パーシェルは話を変えて。ノア様のお連れの青年へ目線をやります。
「彼はボクの友人のテリア・ランセル。先ほどお話しした旅の道中で知り合いました。彼も仕事柄、各地を無作為に旅する用があるので、せっかくだから行動を共にしているんです」
「やはり、そうか。貴殿の活躍は海を越えた町々でも、情報誌によって伝え聞いていたのだよ」
「そうなんだ? テラ、スゴイ~」
自分はノア様にくっついてきただけの部外者のつもりでいたらしい青年は、思わぬ話の流れに頬を染めて恐縮してしまいました。でも、声は出しません。無口な方っすね~。
隠しきれない興奮を必死に取り繕いながら、パーシェルは本棚から一冊の書を取り出しました。王立軍時代に世界各地から集めた本は、あくまで国の税金で買ったものであり、パーシェル個人の所有物ではないっす。
その本は確か、どうしても自分で所有権を持ちたいとかで自腹で購入して取り寄せたものでしたっけ。終末ついでに廃止されてしまった、よその国の剣闘場の歴史をまとめた記念本。
どうやらテリア・ランセルさんという方は剣闘場で常勝の人気選手だったようです。常勝、ってつまり、無敗? 一度も負けたことがないっすか? だとしたら普通にすごいし、剣闘場の歴史に名を残すのも頷けるし、……パーシェルが大事にしているその本に、是非にもご本人の記名が欲しいとねだりたくなるのも理解出来るっす。澄ました顔してムッツリミーハーなところあるんですよね、キモイっす。
「テラは文字が書けないんです。思考と聴覚は常人と変わらないみたいですけど、発語と書くこと。つまり言葉を外部に表せないみたいで」
「そうだったか。知らぬこととはいえ、失礼した。それはおそらく緘黙という症状だ。全快とはいかずとも、適切な治療を受ければいくらか症状が改善する可能性もある……一度も治療を受けたことがない? それは気の毒に……王都の医院に紹介状を書いてしんぜよう」
「わぁ。原因わかって良かったねテラ!」
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