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パーシェルの古い知り合いに女性付き合いのだらしない殿方がいて、「ああはなるまい」と思ったかららしいのですが。彼はなんだかんだ、女性に対してはいたって紳士的っす。エリーが共に旅立って、こうして住居を構えると、寝台どころかお部屋まで別々に用意してくれるっす。エリーが大鎌だった頃は気安く手に触れていたというのに、人の体になってからはお手てひとつ、繋いだことがなかったっす。
「……何用か?」
なんだかモヤモヤして、エリーはパーシェルの体に分厚いお布団を挟んで馬乗りになり、彼を起こしたっす。
「今になって、気付いたっす……エリーはどうして、今もこうして、パーシェルと一緒にいるっすかね……」
パーシェルが退役した時、エリーは何の断りも疑いもなく、彼についてきてしまったっす。エリーはもうひとりの人間で、神器ではなく。パーシェルだって神ではなく、ただひとりの、人間の殿方っす。考えてみれば、今や一緒にいなければならない理由などないのでは? ですが、パーシェルはエリーにそれを指摘しなかったし、「ついてくるな」とも言わなかったっす……。
「断罪竜は……いや。パーシェルは不完全な半神ゆえ、神器がなければ我が身を守る術さえ持たない。吾がこの八百年、無事であったのはエリーが吾を守ったからこそ。そのエリーを、もはや神器ではないからと早々に手放すほどには、吾も人でなしではないのだよ」
エリーがパーシェルを守るのはエリーにとって当然の務めであって、感謝も見返りもいらないっす。そんな風に思ってくれてるなんて、考えてもみなかったっす。
「これからも……よろしくしていいってことっすか?」
「当然であろう。エリーが誰かに娶られるか、望んで吾から離れるか。それまでは吾が責任を持って監護するよ」
エリーはパーシェルの上から、手を伸ばし、その頬に触れました。八百年も一緒にいたっていうのに、人と人として触れ合ったのは、この夜が初めてでした。
「よろしくついでに、言い忘れていたな。吾の、人として生まれ与えられた名はアクリアンジェ。どこまでが名でどこからが姓なのかもはや忘れたが、『アクア』と呼ばれていたのは覚えているよ」
そういえば、パーシェルというのは断罪竜様としての名前だったっす。彼は生まれてから神竜になるまでの最初の二十年は人だったので、親御様から与えられた、古い名があるはずでした。
「それじゃあ……これからもよろしく。アクア」
「これからもよろしく。エリー」
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