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「梓ちゃん、ごめんね。掃除してたのに」
「あ、いえ。大丈夫です」
二人は並んで店内へと歩き出し、「柄沢、新しいコーラの味出てんぞ」などと相変わらずの仲の良さで買い物を始めた。
向かいのスタンドのお兄さん達は、皆ヤンキー風だけど、仲が良くて、気さくな人達ばかりだ。地元の人達からの評判も良く、町の頼れる車屋さんになりつつある。ただのガソリンスタンドなのだけど。
でもまぁ……、確かにいい人達なんだよ。見た目よりは。……見た目よりは、ね。
僕は途中になっているトイレ掃除を再開し、最後にトイレットペーパーを補充しようとしたのだが、掃除用具庫に在庫がなく、仕方なくバックルームへと向かった。
「あ、梓ちゃん」
だが突然呼び止められ、僕は店内を振り返った。
そこにはさっきのお兄さん、直人さんが立っていた。名前は “直人” としか知らない。皆がそう呼んでいるから、彼の苗字を知ることもないのだ。
「どうされました」
一応聞いてみる。彼の右手に持たれているアイスコーヒーのカップが異様なことには気付いているが。
「さっき、コーヒー入れる前に氷だけ落としちゃってさ」
アイスカップの中の氷が半分減っている。いや、半分というか、ほとんどなくなっている。
「……ん~……すみません。交換は出来ないんです。申し訳ないのですが」
言うと、直人さんは「知ってる! 前もやっちゃったことあるから!」と笑った。だったらなんなのだろうか。
直人さんの言いたいことが分からずに首を傾げると、入れたてのアイスコーヒーを二つ持った柄沢さんが直人さんの隣に並んだ。
「直人が俺にちょっかい出してくるからさ、氷だけぶちまけちゃったんだけど、カップは綺麗なんだよ。良かったら休憩に飲まないかなと思って」
整備士だろうと思われる柄沢さんがにっこり微笑みながら説明してくれた。ちなみに、この柄沢さんも “柄沢” としか知らない。下の名前が何なのか、聞いた覚えがない。
「あ~……いや……、え? 僕にくれるんですか?」
「もらってくれる?」
直人さんが眉を垂れて聞いてくる。
「ほとんど氷ねぇんだけど。てか、そういやコーヒー飲めるか?」
柄沢さんに尋ねられ、ちょっとムっとした。
「飲めますよ」
言い方が、好き嫌いの話じゃなく、子ども扱いするような言い方に聞こえたから。
「やった! じゃあ、貰って貰って! もったいないし!」
そう言って直人さんは氷がほとんどなくなっているアイスカップを僕に持たせた。
「ありがと! 仕事頑張ってね。バイバイ!」
直人さんはさわやかに笑って僕に手を振ると、柄沢さんもその後に続いた。
「おい、直人ぉ。荷物どれか持てよ~」
「あ、悪い悪い!」
昔からの友達なのか……、それとも仕事場で出会った間柄なのか。
僕は氷がわずかに残っているアイスカップをバックルーム内の冷凍庫にしまうと、トイレットペーパーをごそっと抱え込み、掃除用具庫へと戻った。
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